rcaaa

HIJNOG

LISTING: NOG/C1/04

page released: Spring 2009

谷口吉郎による著述および、慶應義塾における谷口吉郎建築に関する著述を集めた。
※他リストと重複する場合、「重複」として、該当するリスト番号を記載している。
 

OBJECTS: 記事目録41件、所蔵資料35件(RCAAA, Keio と記述)

  • 04.1936.001

「寄宿舎の移転と新築寮舎」、『三田評論』通号468(1936年8月)。

  • 04.1936.002

「新築寄宿舎地鎮祭」、『三田評論』通号469(1936年9月)。

  • 04.1937.001

「幼稚舎建築の特異性」、『三田評論』通号477(1937年5月):41-43頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1937.002

谷口吉郎、「作品を捧げる」、『三田評論』通号477(1937年5月):44-47頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1937.003

谷口吉郎、「作品を捧げる(慶應義塾幼稚舎校舎)」、『國際建築』12巻12号(1937年12月)。

  • 04.1939.001

谷口吉郎、「設計日誌の一節」、『國際建築』14巻1号(1939年1月):15-16頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1949.001

「慶應義塾大学四号館」、『新建築』24巻7号(1949年7月)。

RCAAA, Keio

  • 04.1950.001

「慶應義塾大学学生ホール」、『新建築』25巻1号、(1950年1月):中表紙~4頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1950.002

谷口吉郎、「学生の青春に捧ぐ」、『新建築』25巻1号、(1950年1月):5頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1950.003

谷口吉郎、「青春の館」、『三田文学』、(1950年4月):11-14頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1950.004

谷口吉郎、「美術の新しい開拓者」『世界美術全集月報』通号1(1950年6月):19-20頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1950.005

谷口吉郎、「彫刻と建築」『イサム・ノグチ作品展』、毎日新聞社、1950年。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1950.006

「研究室の建設近し 谷口工大教授 イサム・ノグチ氏が協同で設計中」、『三田新聞』(1950年8月20日):1面。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1950.007

谷口吉郎、「イサム氏のデザイン」『工藝ニュース』18巻10号(1950年10月):25-26頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1950.008

谷口吉郎、「イサム・ノグチ展の展示」『美術手帖』通号35(1950年10月):20-22頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1950.009

「慶應義塾大学新”萬來舎”」、『新建築』25巻10号(1950年10月):20-22頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1950.010

谷口吉郎、「彫刻と建築」、『新建築』25巻10号(1950年10月):23頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1950.011

谷口吉郎、[無題]、『國際建築』17巻5号(1950年11月):37頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1950.012

谷口吉郎、「イサム・ノグチと握手して――新《萬來舎》の設計要旨」、『國際建築』17巻5号(1950年11月):39頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2 C3.2

  • 04.1951.001

「医学部結核病棟の新設」、『三田評論』通号550(1951年1月):52-53頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1951.002

「医学部結核病棟の新設」、『三田評論』通号550(1951年1月):53頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1951.003

「残るは研究室、大ホール 復興五ヵ年の歩みを見る」、『三田新聞』(1951年1月10日):1面。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1951.004

谷口吉郎「慶應義塾と私――四号館・学生ホールを設計して」、『三田新聞』(1951年1月10日):4面。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1951.005

「《無》の波紋」、『毎日新聞』(1951年11月16日):2面。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1951.006

谷口吉郎、「《無》の魂」、『毎日新聞』(1951年11月30日):2面。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1951.007

中村精、「第二研究室を見る――イサム・ノグチの設計をめぐりて」、『三田評論』通号551(1951年12月):26-30頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1952.001

谷口吉郎、「慶應義塾・第二研究室」『新建築』27巻2号(1952年2月):53-58頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1952.002

「慶應義塾普通部日吉校舎・設計要旨」、『建築文化』通号63(1952年2月)。

  • 04.1952.003

「慶應義塾女子高等学校・設計要旨」、『建築文化』通号63(1952年2月)。

  • 04.1952.004

「落成した普通部校舎――第一期工事の教室――」、『三田評論』通号552(1952年2月):29頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1952.005

「完成途上の女子高等学校」、『三田評論』通号552(1952年2月)。

RCAAA, Keio

  • 04.1958.001

谷口吉郎、「慶應義塾発祥記念碑由来」、『新建築』33巻10号(1958年10月)。

RCAAA, Keio

  • 04.1958.002

「義塾発祥の地に記念碑が設立されるまで」、『三田評論』通号577(1958年7月):6-11頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1958.003

谷口吉郎、「除幕式に参列して」、『三田評論』通号577(1958年7月):4-5頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1958.004

「慶應義塾発祥の地記念碑建設」、『三田評論』通号577(1958年7月):2頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1959.001

「慶應大学医学部基礎医学東校舎講堂」、『建築文化』通号147(1959年1月)。

  • 04.1976.001

川崎悟郎、「(谷口吉郎君に聴く)幼稚舎創立百周年記念棟の完成」、『三田評論』通号765(1976年12月):67-71頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1968.001

谷口吉郎、「槇さんとの結縁」、『三田評論』通号677(1968年12月):50-52頁。

RCAAA, Keio

  • 04.1969.001

谷口吉郎、「慶應義塾の演説館と図書館―その文化財としての意義」、『三田評論』通号679(1969年2月)。

RCAAA, Keio

  • 04.1969.002

谷口吉郎、槇文彦(対談)、「建築における美意識」、『三田評論』通号684(1969年7月):6-17頁。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2

  • 04.1973.001

谷口吉郎、「イサム・ノグチとの出会い」、『イサム・ノグチ作品展』 朝日新聞社、1973年。

RCAAA, Keio ¦ 重複:C1.2