【FromHome】-12 6月19日:「アーカイヴの作業におけるリモートの限界を考えてみる」常深新平(2020/6/12)
Fromhome
慶應義塾大学アート・センターは、展覧会活動やアーカイヴの公開を行ってきました。キャンパスに隣接しながら門の外にあるという場所も含め、小さいながらも外に向かって開かれている学校の小窓的存在と言えます。
新型コロナウイルス感染拡大の影響下、展覧会やアーカイヴの公開を出来ない状況が続いていますが、スタッフはリモートで仕事を続け、アート・センターは活動しています。その中で、現状下における芸術や研究、自分たちの活動や生活について様々に考えを巡らせています。
そこで、所長・副所長をはじめスタッフからの日付入りのテキストを現在時点の記録として、ここにお届けいたします。
慶應義塾大学アートセンター
アーカイヴの作業におけるリモートの限界を考えてみる
常深新平(アーカイヴ・スタッフ)
私は慶應義塾大学アート・センター(以下KUAC)のアーカイヴにおいて資料整理を担うスタッフの一人である。現在、新型コロナウィルスの影響により、アーカイヴが3月30日から臨時閉室され、それに伴いアーカイヴ・スタッフはリモート・ワークで対応している。なお現在も、週一回のアーカイヴ関連のリモート会議が中心となっている。
ここで、このコロナ禍を機に、コロナ禍の現在とそれ以前のアーカイヴ業務を整理してみたい。KUACアーカイヴ内で実際どのような作業がなされているのかを具体的に知っている人は、慶應義塾大学内でも少ないと思われる。これにより、日々アーカイヴでどのような活動がなされているのかをイメージしやすくなれば、幸いである。
本稿は以下の手順で進められる。はじめに、コロナ禍の現在、私たちが何をしているのかを、以下のようにわけてまとめてみたい(1.)。まず、現在のリモート・ワークの内容を整理し、それが必要となった理由を考察する(1.1.)。次に、現在のリモート・ワークには困難がつきまとっているのだが、それはなぜなのか(1.2)である。
1.2で整理した現在のリモート・ワークの困難は、コロナ禍以前のアーカイヴにおける日常業務の性格に帰因しているように見える。よって、リモートという状況下の私たちアーカイヴ・スタッフの経験と、日常業務下のアーカイヴ・スタッフの経験を対比してみたい。これにより、アーカイヴにおける日常業務の経験が非常に物質に依存していることを示したい(2.)。
1. 現在、アーカイヴ業務(リモート・ワーク)で何をしているのか
コロナ禍において、リモート会議で進めたこととは以下のことである。
A) アーカイヴが開室された時に、アーカイヴ・スタッフ全員がスムーズに整理・出納できるように、担当がある程度分かれている各アーカイヴ・コレクションの内容
と配架場所を大まかに共有する。
B) KUACアーカイヴの一端を公開してきた過去の展覧会(アート・アーカイヴ資料展)を振り返るヴァーチャル・ミュージアムのようなページの作成準備をする。
1.1 なぜ現在のリモート・ワークが必要となったのか
現在のリモート・ワークが必要となった理由は、それぞれ以下の通りである。
A-1) 各アーカイヴ・スタッフは個別に担当分が割り振られていた。
具体的にはKUACのアーカイヴには様々な資料群があるが、各アーカイヴ・スタッフが整理や出納を担当する資料群は、おおよそ四つに分担されている状況であった。例えば、土方巽や舞踏の資料群担当、瀧口修造および草月アートセンター関連の資料群担当、VICおよび中嶋興らのビデオアート関連の資料群担当、その他(峯村敏明・西脇順三郎・飯田善國関連資料群)担当といった具合である。したがって、各アーカイヴ・スタッフは、自身の担当分以外の状況には若干疎い傾向にあった。そこで、コロナ禍を機に情報を共有し、アーカイヴが再び開室した日には、スムーズな整理・出納や情報共有ができる状況にしようとした。
B-1) これまで、ホームページ上では過去のアート・アーカイヴ資料展を再考することがなかった。
コロナ禍において、現物の資料整理と出納ができないため、過去KUACがいかに自身のアーカイヴを示してきたのかをネット上で考えようとしている。つまり、かつてのアート・アーカイヴ資料展をリストアップして、その展覧会で何が出品され、どのような見せ方をしたのか、どのような写真が撮られたのか、さらに現在から見て過去の展覧会にどのようなことが言えるのかを考えることにしたのである。近い将来、この成果をホームページで公開しようと考え、ページのデザインや展覧会についての分析を進めている状況にある。
1.2 現在のリモート・ワーク上の困難の理由は何か
さて、現在のリモート・ワークの内容が上記にとどまったのには理由がある。業務の困難に直接的に関係した問題はそれぞれ以下の通りである。
A-2) 各資料群のリスト自体に問題がある。
以下のような様々な問題があることが判明した。例えば、同一の資料群に複数のリストが存在して、基準が複数存在している。異なる資料群の間でリストの形式が違う。作られたリストのアプリケーション・ソフトと、これから移行しようとしているアプリケーション・ソフトとの間に互換性がないなどの問題がある。このように、KUAC全体の資料群を統合するデータベースを作るにはかなりの時間と労力を要することが明らかになった。
B-2) 展覧会の情報がデジタル資料だけではかなり不足している。
例えば、現在のアーカイヴ・スタッフが全く関知していない展覧会も多々存在している。その時、私たちはネット上に書かれた展覧会の概要や撮られた写真から推測するほかない。だが、写真が不鮮明であったり、内容物の具体的情報が欠けていると、実際に展示がどうなされたかに加えて展覧会の意図が何であったかを判断することができないのである。
2. アーカイヴの日常業務では何をしていたのか、どのような経験をするのか
次に、上記の問題が生じてしまうさらなる根本的理由を考えたい。結論を先に述べると、アーカイヴ業務とアーカイヴ・スタッフ自身が、資料体とアーカイヴ空間の物質性に非常に依存したものだからである。これを示すため、ここでは、コロナ禍以前のアーカイヴにおける日常業務で行なっていることから対比してみたい。では、日常業務を思いつくだけ挙げてみよう。
まず、アーカイヴ資料の整理関係の業務(リスト作成)は、このようなものだ。
- ある資料群を受け取る(この時、資料は未分類である)。
- 資料体を物質的特徴と作成年代で大まかに分ける。
- 資料体の性格に基づいて、資料体を透明な袋にパッキングする。この時、付箋に資料体の作者・作成年月日・資料体名を書き、この付箋を透明な袋に貼る。
- 資料体を時系列に可能な限り整序し、ファイリングする。またはラッピングして箱に収める。
- 同時並行的に、資料群のリストを作成・増補をする。共に資料作成者の年表を作成または改訂する。
- 必要があれば、さらなる資料体の保存手続きを進める。例えば、VHS(ビデオテープ)の映像資料の場合、デジタル化を進める。
次に、アーカイヴ資料の出納関係の業務は、以下のようなものだ。
- アーカイヴ資料閲覧希望者の要望に合わせて出納資料を準備する。
- ミュージアムからのアーカイヴ資料貸し出し依頼に応える。
- 定期的に行われるアーカイヴ資料展に向けて準備をする。
なお、いずれの出納作業にも、リストから検索できる状況であるか、アーカイヴ・スタッフが資料群全体を把握している状況でないといけない。というのも、大抵の依頼は、とある作家との関係が明記されている資料とか、とある展覧会に出品された資料というような、あるカテゴリーに基づく出納を求められるからである。
こうしてみると、私たちの作業は本来、非常に多く資料体の現物に触れあわなければならないことがわかる。ここから、リモートで資料群のリストを見て、情報を共有しようとすることがいかに難しいことなのか想像できよう。さらに具体的に考えてみよう。
例えば、出納を可能にするリストが物理的に出来上がる前に、整理担当のアーカイヴ・スタッフの意識の方にこそリストなるもののイメージができている場合がある(しかも実際、私自身の経験上、資料群の大体の年代区分が判別できるようになるのは、担当のアーカイヴ・スタッフが当該資料群の8割ほどを把握できてからである)。加えて、資料体には文字情報が含まれ、他のイベントとの関わりや前後関係、および作家との交友関係など重要な情報が含まれているが、リストの都合上であるいは私たちの不注意で省いてしまっている場合もある。こうした情報は、資料体の現物あるいはアーカイヴ・スタッフの意識に眠ったままである。
ここから言えることとは、アーカイヴの資料群とアーカイヴ・スタッフが物理的にかつ空間的に関わっていないとアーカイヴは機能しない、ということである。言い換えれば、アーカイヴ資料情報を共有するには、言い表したり文字や図像で示したりするだけでは、情報量が足りなすぎるのである。
よって、アーカイヴ・スタッフである私たちは普段、資料群に対する直接的かつ物理的な操作を通じて(しかもこの操作に基づいて)、言表や直示以外の何らかの仕方で資料群を把握していることに気づくであろう。この意味で、私たちアーカイヴ・スタッフは、物理的対象に依存するアーカイヴ空間がもつ論理的図式の中に自身が組み込まれているように、アーカイヴを経験していると言えるだろう。
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