慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

アーツ・マネジメント教育の総合的・体系的確立とその方法論による人材養成事業 事業概要(2013年度)

1998年にはいわゆるNPO法が施行され、2003年のいわゆる指定管理者制度の導入により公立文化施設の経営のあり方が話題となり、2008年には公益法人制度改革が始まり、民主党政権時には「新しい公共」という標語のもと公共の新たな担い手としての非営利組織に焦点があたり、2012年にはいわゆる劇場法が成立するなど、非営利性を有する文化芸術団体・施設経営に対する注目も集まっていると思われる。

その一方で、文化芸術団体の不正受給の問題が頻繁におこるなど、現在の文化芸術団体の経営のレベルとビジネス倫理は高くない。アーツ・マネジメント(非営利を中心とした文化芸術組織の経営)に対するニーズは高まっていると思われるのに、「芸術と社会の架け橋論」と言われる実学とはかけ離れた抽象論にとどまっていたり、単なる文化芸術事業の実施と混同されたりしている現状が見受けられる。

本事業は、象牙の塔の中での議論や表層的な理解・マイオピアを超え、公共的なミッションを達成するための文化芸術団体の経営についての教育、すなわちアーツ・マネジメントのあり方を根本から問い直し、教育対象、目的、方法など焦点を明確に定めた効果的かつ効率的なアーツ・マネジメント教育のプログラムの開発と実践、普及を目的とする。

サブプロジェクト

1. 海外の先進事例の調査および情報共有

北米にて30年近くにわたってアーツ・マネジメント教育に携わってこられたAlan Yaffe教授を招聘し、講演会、ワークショップほかを実施する。アーツ・マネジメントはアメリカの大学院において高度に発展したと言われるが、アーツ・マネジメントの中心地のひとつであるアメリカの状況を正しく理解している日本のアーツ・マネジメント関係者は極めて限られる。Yaffe教授によるアーツ・マネジメントの歴史と概念、アメリカのアーツ・マネジメント教育のこれまでの道程・現状・課題等についての講演を実施し、アーツ・マネジメントの正しい理解と普及につとめる。

2. 日本のアーツ・マネジメント教育の歴史記録

日本におけるアーツ・マネジメント教育は1991年に慶應義塾大学に始まり、それを契機として、その後武蔵野美術大学や昭和音楽大学でもアーツ・マネジメント教育が始まっている。日本へのアーツ・マネジメント導入から20年余がたち、当時の記録は散逸する可能性があり、アーツ・マネジメント導入当時の記録をまとめ、研究者等の閲覧に供する形にしておくことは、今後の日本のアーツ・マネジメント教育の発展には必要である。本活動では、関係者会議での検討を行った上で、記録を編纂する。

3. ケース・メソッドのアーツ・マネジメント教育への採用

ケース・メソッドはハーバード大学のロー・スクールにて判例に基づく討論として始まり、その後、従来のレクチャー形式では習得不可能な能力を開発するための教授法として、ビジネス・スクールでもケース教材による経営分析、経営判断、意思決定の訓練が開始された。英米では、アーツ・マネジメント分野でもケース・メソッドによる教育は有効であることが認識されており、英米のアーツ・マネジメント学科では日常的に採り入れられているが、日本でこの教育法を採用している大学・大学院は慶應義塾大学の他2校程度であると思われる。
日本のアーツ・マネジメント教育へのケース・メソッドの採用のためには、日本語で執筆された非営利の芸術組織や業界についてのケース教材が必要であるが、そういったケース教材の蓄積は多くはない。本活動では、専門家の指導のもと、ケース教材の開発・作成を行う。

4. アーツ・マネジメント教育研究会

アーツ・マネジメント教育に携わっている教員とアーツ・マネジメントの正規の高等教育を受けた経験がある人を主たるメンバーとし、内外各大学・大学院での教育内容・方法を検討し、日本の教育との相違、問題点、日本の教育への応用について議論する研究会を開催、その内容を記録として編纂する。

5. 地域におけるアーツ・マネジメント人材(文化ボランティア)養成

アーツ・マネジメントは元来、非営利の芸術組織に勤務する職業的なアーツ・マネージャーに組織経営の知識を教え込むのが目的であった。しかしながら非営利の芸術組織にとって、有償のアーツ・マネージャーの他に、無償のボランティアという人的資源も組織経営には欠かせないものであるという認識は日本でも広まっている。慶應義塾大学アート・センターでは、2010年度までの5年間、港区と協働して文化ボランティアを育成する講座を開講してきた。この活動では、大学が築いてきたネットワークを生かし、芸術組織における文化ボランティアのあり方とそれに関連したアーツ・マネジメント教育を検討するワーキング・グループを開催する。

6. 展覧会・公演等アート・イベントの分析

アート・センターの収蔵資料を用いた展覧会を従来型の展示の例として実施する。また、プロジェクト・ベースの新しい形の展示事業「SHOWCASE(ショーケース)」について、国内美術館・画廊等での実施事例調査、専門家によるワーキング・グループの開催、アーティストへのヒアリングなどを通じた検討を行い、プロトタイプ試行を実施する。
さらに、これらの展覧会の実施と関連させ、学外の公共ホール職員、学芸員、実演団体職員等の実務家と、学内のアーツ・マネジメントに興味がある学部生と院生を対象とし、専門家のコーディネートのもとにマーケティング実習を実施する。展覧会の開催にあたっては、アート・センターに蓄積されている過去のデータの分析をし、それに基づいて今回実施する展示がどういうターゲットに、いかなる価値や便益の束を、どのような形で伝達できるかといったマーケティング・プランを専門家のもとで議論・作成し、展覧会の構成(Artistic Product)から、Place、Promotionまでの一貫したプロセスのもとで、アーツ・マネジメントに関するアカデミックでかつ実践的でもある実習の機会を提供する。