慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

毛利武彦《仔馬》修復

本作品は幼稚舎所蔵作品である。作者の毛利武彦(1920-2010)は東京美術学校日本画科を卒業。1948 年から 1982 年まで慶應義塾高等学校の教諭(芸術科美術担当)を務めた。退職後、武蔵野美術大学造形学部日本画科教授に就任、後に同大学名誉教授となった。本作品裏に添付されているラベルには「第 34 巻 昭和 57 年 毛利武彦氏 仔馬」と記載があることから、慶應義塾高等学校退職の年、幼稚舎の発行する雑誌『仔馬』の表紙絵として幼稚舎に寄贈されたと推測される。 画面の中央に作品を二分するように折れ線があり、 また、絵具層の亀裂等が見られたため、修復研究所二十一に保存修復処置を依頼した。



●作品

作者:毛利武彦
作品名:仔馬
制作年:不詳
材質:水性絵具、顔料、銀箔、和紙
寸法:34.6 × 45.0cm

修復記録

2024 年 3 月 23 日
有限会社修復研究所二十一
所長 渡邉郁夫 担当者 有村麻里

[処置前の状態]

支持体:全体に縦方向の緩やかな波打変形が見られる。中央、左辺に縦方向の折れ跡があり、絵具層に影響を及ぼしている。和紙を使用した裏打ちが施されており、その際、接着剤の濃度が高かったせいか左右辺が画面側に弧を描いてしまう状態である。絵具層の亀裂に沿って変形が生じている。作品のマット装は、窓マット側に紙テープで 2 箇所ほど固定しているのみである。本紙左上角に 2 箇所セロハンテープの付着があり、接着剤が黄変して本紙にしみこんでいる。

描画部:全体の固着の状態は良い。中央、左辺に二つ折りにしたような折れ跡があり、絵具層に深い亀裂、所々に剥落が見られる。馬を描いた部分は制作中に絵具に含まれた水分の影響か、支持体が収縮し、描画の輪郭や裂に沿って変形が生じている。

額縁:ガラス、裏蓋にベニヤ板が使用されている。作品との間には洋紙が 2 枚挟まっている。布張りマットの画面側に汚れやしみが見られ、内側にも黄褐色の斑状のしみが生じている。枠はアンティーク調の雰囲気を意図した虫喰い穴が加工されている。強度に問題はない。

[処置事項]
1.調査・記録
・調査書作成:修復前の作品の状態を調査書に記録した。
・ 写真記録:デジタルカメラを用いて、修復前、修復中、修復後の状態を記録した。

2.浮き上がり接着 固着強化
・材料:膠、正麩糊
絵具層が浮き上がっている部分に膠、または膠と正麩糊を混合した接着剤を注し入れ、ポリエステル紙、緩衝材を挟み、おもしを置いて自然乾燥させた。

3.乾式洗浄
・ 材料:刷毛(画面側) 裏面のみ、練り消しゴムを用いて軽くクリーニングした。

4.変形修正
支持体全体を僅かに加湿した後、 アクリル板、 吸い取り紙、ポリエステル紙で挟み、平らな状態でプレスした。

5.しみぬき
・材料:テトラヒドロフラン(セロハンテープの接着剤)

6.補紙
・材料:正麩糊、和紙

7.補彩
・材料:パステル、水彩絵具(補紙部分)

[作品に付加した修復材料]
製品名:正麩糊、和紙
使用用途:補紙
除去方法:加湿により除去する。

製品名:色鉛筆
使用用途:補彩
除去方法:消しゴムで除去

[修復後の所見]
変形修正を行い、亀裂部分に固着強化、補紙、補彩を行ったことで構造的な面、鑑賞の面でも安定した画面となった。紙作品の特徴としては、温湿度の変化に影響されやすく、支持体に変形が生じることもあるため、今後も経過観察が望まれる。

図1 修復前 額装 表
図2 修復前 額装 裏
図3 修復中 固着強化 亀裂に膠水を注し入れる。 
図4 修復中 補紙 絵具層が剥落している部分に和紙をほぐした繊維に正麩糊を含ませて詰めた。 
図5 修復後 額装 表  
図6 修復後 額装 裏

日付

2024年3月23日


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