慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

イサム・ノグチ《無》三田キャンパス屋外彫刻作品洗浄保存処置

本学では 2001 年度より三田キャンパスの屋外彫刻洗浄保存処置を専門家に依頼して実施し、その後各キャンパスと一貫教育校に設置されている屋外彫刻作品についても処置を進めてきた。現在では二年に一度の頻度で洗浄および保存処置を行っている。本年度は三田キャンパス 5 点、幼稚舎 2 点、中等部 3 点、 湘南藤沢キャンパス 1 点、 矢上キャンパス 1 点、日吉キャンパス 3 点、普通部 1 点、志木高等学校 2 点計 18点の洗浄保存処置を行った。上記作品に加え、三田キャンパ
スの飯田善國《星への信号》の状態調査、志木高等学校の大熊氏廣《福澤諭吉座像》の清掃を行った。

保存観察記録
2024 年 5 月 5 日
*作業期間 2023 年 11 月 9 日
2024 年 1 月 11 日~ 1 月 17 日
*記録者 黒川弘毅

有限会社ブロンズスタジオ 保存修復室
*作業者 黒川弘毅、伊藤一洋、亀島悠平、宮本颯

 



●作品

作者:イサム・ノグチ
作品:無
材質:白河石
制作年:1950-51 年
寸法:220.0 × 149.0 × 74.0cm

*過去の経緯について
1999 年 9 月、三田第二研究室(旧ノグチ・ルーム)前庭に設置されていた本作品について、最初の保存調査が実施された。2003 年 7 月、作品を撤去しブロンズスタジオ瑞穂工房に移送した。2004 年、X 線撮影と画像解析による内部構造調査を行い、同年 9 月までに表面の状態について詳細に調査し写真記録が作成された。また保存の処方提案をイサム・ノグチ財団が 11 月に承認し、作業が翌年 3 月にかけて実施された。 作品は 2005 年 3 月 27 日に現在の場所に再設置された。
この時、表面に施された処置の概要は以下の通りである。全体にシラン溶液 ― 有効シリカ分 28 %のメチルトリエトキシシラン半重合体のトルエン・メタノール混合溶媒溶液(商品名:SS-101、コルコート㈱製、触媒 C 4 %添加)を、刷毛を用いて含浸させた。表層剥離個所へは注射器を用いて低粘度エポキシ樹脂を注入した。
作品の観察は再設置の 6 年後から隔年で行われ、記録がとられた。
① 2011(H.23)年度- 2012 年 3 月 1 日 ② 2013(H.25)年度- 2014 年 3 月 3 日 観察(奉仕作業)観察、洗浄(奉仕作業)
③ 2015(H.27)年度- 2016 年 1 月 26 日 観察(奉仕作業)
④ 2017(H.29)年度- 2018 年 2 月 22 日・3 月 26 日 観察、洗浄
⑤ 2019(R.1)年度- 2020 年 2 月 27 日 ⑥ 2021(R.3)年度- 2022 年 3 月 1 日 観察、洗浄観察、洗浄
今回は 7 回目である。
④以降、表層の浮き上がりには拡大が認められ、⑤の観察
では新たな剥離が確認されていた。

●作業の基本方針

表面状態を観察し、表層浮き上がり個所の変化と新たな剥
落の有無を調査する。
洗浄し、表面に発生している藻類、条痕状に沈着した汚れ
を除去する。

●作業前の状態

*表面の状態

降水の流水路に沿って、黒味を帯びた沈着物が条痕状の縞模様を形成している。褐色や緑色の藻類がみられた。藻類は日照から陰側となる
部位に多く発生し、流水路に顕著である。前回の観察に引き続き、今回も指先で打診して、剥離には至らない表層浮き上がり個所を重点的にチェックした。表
層浮き上がり部分は④と比較して顕著な拡大が認められる。日照による表層の膨張・収縮のほか、浮き上がり個所間隙での水の挙動がこれを促進していると思われる。
表層浮き上がり個所に充填したエポキシ樹脂は黄変して目立っている。2004 年度の修復時にこれに施したアクリル塗料は喪失されている。樹脂は概ね堅牢に保たれている
が、経年の劣化(紫外線と水による)でクラックが生じ、脆化が進行していると思われる。

*鳥の排泄物 なし。
*人為的キズ・落書きの個所 なし。
*破損・欠失個所 なし。
*その他の異常 顕著なものは認められない。
*固定状態 良好。

●作業内容

1.表面状態調査
2.洗浄作業
非イオン系洗剤を用いて洗浄した。

●作業結果

洗浄により、褐色や緑色の藻類は除去され、降水の流水路の条痕も目立たなくなった。表層の顕著な剥落個所は認められなかった。

●保存上の留意事項
表層剥落個所の増加・拡大、浮き上がり個所の拡大が進行している。これらの加速度的な拡大・増加の可能性が予想され、屋内もしくは半屋内での保存を真剣に検討する必要がある。表層の剥落防止にエポキシ樹脂注入という対処療法を施しても根本的な解決にはならず、石材内部の水分移動を阻害する層を形成して逆効果を招きかねない。表層の剥離は次のように説明される。制作時の工具のアクションは、安山岩の組織を圧縮して(表面に圧縮応力による横歪みを生じさせて)肌を形成したが、その内側では衝撃応力により多孔質の組織が脆化したと考えられる。水分が内側組織を物理的・化学的にさらに劣化させたことで、肌の剥離が生じていると推定される。
再設置前の処置では過度なエポキシ樹脂注入を行わない方針をとった。含浸処理で用いられたシラン樹脂は石材内部の水分挙動を考慮して選ばれている。
( 「石材への樹脂含浸効果と石の含水率との関係」 西浦忠輝 『石造文化財の保存と修復』1985)

図1《無》表面状態 マーク全景 2024 年 1 月
図2《無》エポキシ樹脂充填剤の状態
図3 作業前前景
図4 表面状態 マーク全景
図5 洗浄
図6 作業後

日付

2024 年 1 月 12 日


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