慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

イサム・ノグチ《無》洗浄保存処置

 一貫校も含めた各キャンパスに設置されている屋外彫刻作品は、二年に一度の頻度で洗浄および保存処置を行っている。
 今回は三田、日吉、矢上、普通部、中等部、志木高にある彫刻作品合計14点について作業した。本件はそのうちの1点である。



保存修復作業記録

2018年3月31日 ブロンズスタジオ・黒川弘毅/担当者:黒川弘毅、高嶋直人、遠藤啓祐、高木謙造

作品

・作者=イサム・ノグチ
・作品=無
・設置場所=三田キャンパス
・制作年=1950-51
・材質=安山岩

【過去の経緯】

・平成11年9月、三田第二研究室前庭に設置されていた本作品について、最初の保存調査が実施された。平成15年7月、作品を撤去しブロンズスタジオ瑞穂工房に移送した。
・平成16年、X線撮影と画像解析による内部構造調査を行い、同年9月までに表面の状態について詳細に調査し写真記録が作成された。また保存の処方提案をイサム・ノグチ財団が11月に承認し、作業が翌年3月にかけて実施された。 この時、表面に施された処置の概要は以下の通りである。全体にシラン溶液―有効シリカ分28%のメチルトリエトキシシラン半重合体のトルエン・メタノール混合溶媒溶液(商品名:SS-101、コルコート(株)製、触媒C4%添加)を、刷毛を用いて含浸させた。表層剥離個所へは注射器を用いて低粘度エポキシ樹脂を注入した(平成11年、平成15年、平成17年提出の記録書類参照)。
 

【作業の基本方針】

表面状態を観察し、表層浮き上がり個所の変化と新たな損傷の有無を調査する。 洗浄して表面に発生している藍藻類を除去する。
 

【作業前の状態・表面の状態】

 降水の流水路に沿って、黒味を帯びた沈着物が条痕状の縞模様を形成している。また褐色や緑色の藍藻類は増加が顕著だった。 雨天の2月22日、雨の合間に状態を観察したが、表層浮き上がり個所の多くから降水の滲みだしがみられた。 3月26日に表層浮き上がり個所をテープでマークして写真撮影し、これを平成16年の記録写真と照合した。 写真の比較では、新たな表層の剥落は認められなかった。また表層損傷個所の表面にも新たな消耗・減衰は認められなかった。修復後に生じたと推定される表層の浮き上がり個所は、既存のものの周辺や内側で再発し、緩やかに増大している可能性が高く、それらはエポキシ樹脂の注入個所に生じている。 2月22日の観察と合わせて推定すると、浮き上がり個所間隙での水の挙動がこれを促進している可能性が高いと考えられる。冬季の積雪でくり返される融雪水の凍結はとくに注意を要するだろう。表層浮き上がり個所に充填したエポキシ樹脂には黄変がみられるが堅牢に保たれていた。
・鳥の排泄物:なし。
・人為的キズ・落書きの個所:なし。
・破損・欠失個所:なし。
・その他の異常:顕著なものは認められない。
・固定状態:良好。
 

【作業内容】

・洗浄作業 2月22日、非イオン系洗剤を用いて洗浄した。 3月26日、再度目立つ条痕個所を洗浄した。
 

【作業結果】

洗浄により、褐色や緑色の藍藻類は除去され、降水の流水路の条痕も目立たなくなった。
 

【保存上の留意事項】

 過去に、いかなる樹脂も表面に使用されなかったのであれば、表層の剥離は次のように説明されるだろう。彫刻工具のアクションは、安山岩の組織を圧縮して(表面に圧縮応力による横歪みを生じさせて)肌を形成したが、その内側では衝撃応力により多孔質の組織が脆化したと考えられる。水分が内側組織を物理的・化学的にさらに劣化させたことで、肌の剥離が生じていると推定される。また、表面に樹脂が使用されていたとすれば、気孔の密閉が石内部の水分の挙動を妨げたことが大きく影響しただろう。 定期的に表面状態を観察し、表層浮き上がり個所の加速度的な拡大・増加と剥落が認められる場合は、複製作成での入れ替えを含む、オリジナルの屋内保存を真剣に検討する必要がある。表層の剥落防止にエポキシ樹脂注入という対処療法を施しても根本的な解決にはならず、石材内部の水分移動を阻害する層を形成して逆効果を招きかねない。平成16年度の処置でも過度なエポキシ樹脂注入を行わない方針をとった。因みに、含浸処理で用いられたシラン樹脂は石材内部の水分挙動を考慮して選ばれている(「石材への樹脂含浸効果と石の含水率との関係」西浦忠輝『石造文化財の保存と修復』1985)。

写真は左から
写真1:作業前全景
写真2:藍藻類の発生状態01
写真3:藍藻類の発生状態02
写真4:洗浄、藍藻類の除去
写真5:表層浮き上がり箇所をマーク
写真6:条痕個所再洗浄

日付

2018年2月18日~3月26日