慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

L.H Michael《THE INTERNATIONAL EXHIBITION DUBLIN》の修復

 本作品は、上記《ペリー提督首里城より帰還の図(1853年)》等と同じく、長らくメディア・センターの所管下にありながらその存在を知られることが希であった一群の美術品・資料類のうちの1点であり、活用のためには保存修復処置が必要であった。埃や黴の付着、虫損、額の破損等、劣化が顕著であったため、アート・センターを通じて専門家に依頼し、修復保存処置を施した。 



保存修復作業記録

2017年3月25日 修復研究所21・渡邉郁夫/担当者 有村麻里

作品

作者=L.H Michael(絵)LEIGHTON BROTHERS(製版)
作品=THE INTERNATIONAL EXHIBITION, DUBLIN
制作年=1865年
材質・技法=印刷インク・洋紙(リトグラフ)
寸法=551.0×758.0mm

作品概要

 本作品の上部には「Supplement  to  the  Illustrated  London News  August 191865」下部には「THE  INTERNATIONAL EXHIBITION, DUBLIN」「91」「LEIGHTON BROTHERS」とあり、画中右下には「L.H  Michael」のサインが印刷されている。1865年にアイルランドで開催されたダブリン国際美術工芸博覧会の会場の様子が描かれ、陶磁器、ガラスなどの工芸品や染織品に加え、彫刻、望遠鏡や時計のような精密機械が会場に並んでいる。バグパイプを持つ民族衣装に身を包んだ一団や観客で、会場はにぎわっている。 
 額の裏面には、「昭和六年八月廿五日 吉田小五郎氏寄贈」と墨書があり、幼稚舎長を務めた吉田小五郎氏の旧蔵品であった。吉田小五郎は、キリシタン史の研究者として『日本切支丹宗門史』の翻訳や『キリシタン大名』などの著作があり、民藝運動の柳宗悦に共鳴し、日本民藝館の開設にも関わった。明治時代の石版画や丹緑本の蒐集にもつとめ、数々の論評を発表した。小五郎の兄、正太郎は、ペリー来航時の瓦版を中心に蒐集し、現在これらの所蔵品は柏崎にある黒船館に収蔵されている。


【作業前の状態・表面の状態】

・絵具層:固着は良いが、破れ周辺や折れに沿った剥落が見られる。支持体の黄化により、全体に褐色を帯びている。破損部に対して旧処置が施されているが、1箇所のみ裏面側に貼られた紙の種類が異なり、その部分だけ支持体・色調ともに当時に近い状態が保たれて鮮やかである。
・支持体:全体に褐色を帯びている。裏面向かって右辺側に水じみが広がっており、凸凹とした変形が生じている。また、全体に縦方向の波打変形があり、四つ折りにしていたことがうかがわれる十字の折れ跡がある。折れが強く、繊維が脆弱になり破れが生じている部分もある。破れに対しては、旧処置が施されており、裏面から帯状に裁った和紙が貼られている。四辺は細かな破れや欠損が有り、虫喰い穴が所々に見られる。
・額縁:全体に砂埃が付着し、かなり汚れている。画面側は欠損が多く見られる。四隅はややねじれが見られ、隙間が広がっている。ガラスが使用され、画面と直接触れた状態である。裏蓋と本紙の間に薄い紙が二枚ほど入っている。水じみや木材からのアクによる褐色のしみ、砂埃の付着が見られる。裏蓋中央に「昭和六年八月廿五日吉田小五郎氏寄贈」との墨書きがある。


【作業後の所見】

1.写真撮影:修復前の状態をデジタルカメラで撮影記録した。
2.調査:修復前の状態を調査書に記録した。
3.修復方針の検討:作品の調査を行った後、必要な処置・使用する材料を検討した。
4.乾式洗浄:画面・裏面に付着した汚れを刷毛・練り消しゴムを用いて除去した。
5.湿式洗浄:サクションテーブル上で精製水・希アンモニア水溶液を噴霧し洗浄を行った。
6.旧処置除去:旧処置に使用された接着剤は水溶性であるため、僅かに加湿し、接着剤を緩めながら旧処置を除去した。
7.変形修正:ポリエステル紙・吸い取り紙で本紙を挟み、ガラス板をのせておもしを置き、変形修正を行った。
8.破損部接着:表側から破損部を合わせて接着した後、両端の繊維を残すよう帯状に裁った和紙で裏面側から補強した。幅の狭い和紙で一度接着し、二度目はやや幅の広い和紙で補強した。接着にはメチルセルロースを用いた。破れだけでなく、折れ跡が強く、弱っている部分も同様の作業を施した。
9.補紙:本紙に似た紙を欠損している部分の形状に合わせて裁ち、メチルセルロースで接着し、裏面側から和紙をあてがい、補強した。
10.補彩:折れ跡や補紙部分など、欠損部分が目立たないようにパステルで補彩を施した。
11.パネル張り込み:本紙の四辺に3cm巾の和紙を5mmほどかかるようにメチルセルロースで接着し、和紙を貼りしろとしてパネルに本紙を張り込んだ。
12.額修理:額縁の欠損部にボローニャ石膏と膠水を練り合わせた充填剤を補い、乾燥後に形を整えアクリル絵具で補彩を施した。入れ子部分にフェルトを装着し、ガラスの当たりを和らげた。作品とガラスが直接触れないよう面金を取り付けた。厚みが増した分、裏面のげたの高さを檜板で足した。裏蓋を薄い板などで補強して再利用した。吊り金具を取り付けた。
13.額装:作品を額に納めた。
14.写真撮影:修復後の作品の状態をデジタルカメラで撮影記録した。
15.報告書作成:修復中の写真等を含めて、報告書を作成した。


【修復後の所見】 

全体の汚れを除去し、変形が緩和されたことで安定した画面となった。褐色味が和らぎ、鮮やかな色調が感じられ、補彩を施したことで鑑賞に堪えうる状態になった。額縁を調整し、作品を中性紙ボードに固定するなど、当時のままのガラスや額縁を使用するための工夫を行い、安定した状態で作品を収めることが出来た。
 

写真は左から
写真1:ダブリン(修復前)
写真2:ダブリン(湿式洗浄)
写真3:ダブリン(破損部接着)

日付

2016年7月~2017年3月