《長崎旧繪圖》の修復
本作品は長らくメディア・センターの所管下にありながらその存在を知られることが希であった一群の美術品・資料類のうちの1点である。2013年秋に図書館旧館に保管されてきた絵画等の調査をメディア・センターの呼びかけの下、管財課、福澤研究センター、アート・センターで調査し、美術品相当と考えられる作品等について保存活用を促すべく修復活用の検討がなされた。但し、この調査の対象作品はいずれも埃等の保存状態、経年劣化などによりかなり劣悪な状態であったため、活用のためには保存修復処置等が必要であった。本作品も、水染みや裏面の痛み、埃等の汚損などが見られ、作品の本来の姿を損なうレベルであったため、保存修復処置が必要であった。そのため、アート・センターを通じて専門家に依頼し、修復保存処置を施した。
本作品の制作年代や所蔵経緯などは不明である。長崎の出島を題材とした淡彩画であるが、作者等についての手がかりは修復の過程においても発見することは出来なかった。修復後は福澤研究センターの所管として研究資料として利用される予定である。
保存修復作業記録
2014年3月31日 修復研究所21・有村麻里
作品
作者=不詳
作品=長崎旧繪圖
制作年=不明
材質・技法=膠絵具、和紙
寸法=1020.0 × 366.0㎜
処置前の状態
本作品は長崎の出島を題材としており、省略はあるが、人物の服装や髪型、船の装飾などがわかりやすく描かれている。顔料の粒子の粗さも表現として用いている。本紙は裏打ちが施され、和紙に張り込まれている。小さな破れや欠損(虫喰い)はあるが、目立った損傷はない。中央で継がれ、両端は図柄の途中で裁たれている。
全体に汚れの付着が著しく褐色を帯びた印象である。特に下辺部には冠水によるしみ痕の末端に広がった汚れが濃い褐色で目立っている。絵具層の固着は良い。縦方向の亀裂が全体に見られることから、巻かれて保管されていたものを和骨に張り、額装したと考えられる。その際に両端を裁った可能性がある。和骨には明治を記した新聞紙、江戸〜明治期にかけて使用された帳簿等が使用されている。
【修復処置事項及び内容】
1. 写真撮影(修復前):修復前の状態をデジタルカメラで撮影した。
2. 状態調査:修復前の状態を調査し、記録した。
3. 乾式洗浄:柔らかな刷毛を用いて全体の塵埃を軽く払った後、プラスチック消しゴムで絵具層の表層を擦らぬように汚れを除去した。
4. 固着強化:Jun- Funoriとチョウザメ膠を混合した接着剤を絵具層の剥落部・浮き上がり・擦り傷に細筆で注し入れ、描画部分には和膠(3%)を浸透させ固着強化した。
5. 解体:竹箆を用いて支持体を和骨から外した。
6. 裏付付着物除去:裏面に付着した浮け紙(和紙)を除去した。
7. 水洗:サクションテーブル上に吸取紙・ポリエステル紙・作品を重ねて置き、裏面側から吸引しながら作品に精製水を噴霧して汚れを水洗した。絵具と汚れの様子を見て三度に分けて水洗を行った。作品は事前に加湿を行い、急激な水分の吸収による支持体や絵具層への負担を防いだ。
8. 破損部接着:破損部分に両端の繊維を食い裂いた帯状の和紙を裏面側からあてがい、生麩糊を用いて接着した。
9. 補紙:支持体欠損部と同様の形状に切り取った和紙を欠損部に填め込み、周囲の繊維に生麩糊を塗布し、裏面側から和紙をあてがって接着した。
10. 張り手接着:片側を食い裂いた和紙を支持体の四辺に生麩糊で接着した。
11. 張り込み:張り手を接着した作品をパネルに張り込んだ。全体に僅かな湿りを与え、周縁に20㎜幅程度で接着剤を塗布し、パネルに袋張りした。側面部に保護として和紙を生麩糊で張り込んだ。
12. 補彩:補紙を行った部分、虫糞、除去しきれなかった汚れなど、鑑賞を妨げる要因となる部分に対し、パステルを用いて補彩を行った。
13. 額装:新調した額に作品を収めた。
14. 写真撮影(修復後):修復後の作品の状態をデジタルカメラで撮影した。
【修復後の所見】
全体に汚れが吸着して褐色味が強く、冠水により広がった汚れも目立っていた。幸いにも絵具層が安定しており、水洗を行うことが可能であったため、色調に明るさを取り戻せた。同時に破れや欠損部に処置を施すことで損傷が目立たなくなり、鑑賞に集中することができる画面となった。
写真は左から
写真1:修復前(表)
写真2:修復後(表)
写真3:修復前(裏)
写真4:修復後(裏)
写真5:修復中 欠損部補紙
写真6:修復後 欠損部補紙(裏)
日付
2014年3月31日