KUAC Cinematheque 3: 状況劇場「唐版・犬狼都市」上映会—単独性と反復または記録について
「われわれはバックミラーごしに現在を見ている。われわれは未来にむかって、後ろ向きに行進している。[We look at the present through a rear-view mirror. We march backwards into the future.]」
マーシャル・マクルーハン、クエンティン・フィオーレ『メディアはマッサージである:影響の目録(河出文庫)』門林岳史訳、河出書房新社、2015年、75-76頁。
1979年6月9日、状況劇場による「唐版・犬狼都市」の上演の様子をVICは記録した。外側から見たテントの様子、屋外で立ち並ぶ観客の列、その傍らで寝そべったり四つん這いで歩く犬のような男の姿。仄明るいテントの外から内へ踏み込むと、薄膜一枚で区切られた仮設劇場は地上と地下へと切り開かれて行く。上演の中で立ち上がる都市像と観客が生活する都市像の境界が失われつつ生成し、複数の地上の生と地下の生が重なり合っていく。
手塚は「唐十郎という人間は特殊だった。唐を残すことができたらどんなに良かったか。VICとして演劇の記録は残せたが。」と語っている。VICの記録によって残せたものと残せなかったもの、そして、唐十郎とは一体どういう出来事だったのかについて、上演とトーク・セッションを通して考えたい。
日時
2025年2月1日(土)13時–17時30分(12時45分開場)
場所
VICアンダーグラウンド劇場
(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-33-10 丸二ビル地下1階)
対象
どなたでもご参加いただけます
費用
入場無料
タイムテーブル
12:45|開場
13:00–15:05|「唐版・犬狼都市」の上映
15:30–16:15|手塚一郎×久保仁志によるトークセッション
16:20–17:30|新井静×手塚一郎×樋口良澄×久保仁志によるトークッション
お問い合わせ
慶應義塾大学アート・センター
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
TEL 03-5427-1621
主催・共催など
主催:ビデオインフォメーションセンター、慶應義塾大学アート・センター
協力:令和6年度 文化庁メディア芸術アーカイブ推進支援事業「1970年代以降のパフォーマンスおよび展覧会のビデオ記録のデジタル化・レコード化II」
「唐版・犬狼都市」1979年6月9日|新宿西口京王プラザ裏(記録時間:2時間5分)
狂犬病の犬を管理するために大田区にある地下鉄駅に派遣された保健所職員の「ホーさん」こと田口呆は、そこで犬のように四つん這いで暴れ回り駅員に追われる「蒲田のメッキー」と出会う。
駅員からメッキーを逃したホーは、彼女から、大田区には「犬田区」という地下都市が存在し、そこに住むファラダという犬を探しているのだと打ち明けられる。
ファラダは「あの人」が飼っていたまるで人間のような犬で、いつもみんなで楽しい時間を過ごしていた。しかし、ある日「あの人」は地下鉄の突貫工事が原因の事故で生き埋めになり、ファラダは「あの人」の自宅に残っていたものを手がかりに何とかメッキーの住む街を探し当て、「あの人の腹違いの弟は犬田区にいる」と言い残し姿をくらましてしまった。
ファラダが喋る犬の言葉が理解できることに驚くメッキーは、同時に、人間の言葉がだんだん理解できなくなってきていた。
「もしも俺に何かあったら、腹違いの弟のところに行き、お前の体に染み付いた俺の匂いを嗅がせろ」
「あの人」の遺言に従って犬田区を目指すメッキーに感銘を受けたホーは、人の背丈よりも大きな「あの人」の枕石を彼女の代わりに背負い、二人はファラダと「あの人」の弟を探す旅に出る...
この演劇には、人間/動物の二元論についての哲学的な問い直しを正面から行うような風情はなく、むしろ犬の鳴き声や登場人物たちのマシンガントークが醸し出すカーニバレスクなユーモアが大きな特徴である。物語の流れを中断するように唐突に始まる駅員らの「寸劇」で、駅長役の唐十郎が「俺の書いた台本に不満でもあるのか!」と周囲に詰め寄るシーンに見られるように、『犬狼都市』にあっては第四の壁さえ笑い飛ばすべきものなのだ。澁澤龍彦の同名小説をユーモアたっぷりに翻案したこの演劇で、観客たちは数分に一度爆笑の渦に包まれている。
「VIC(ビデオインフォメーションセンター)」
1972年、VICは国際基督教大学(ICU)の演劇サークルであるICU小劇場を母胎として活動を始めた。手塚一郎が作成したガリ版刷りの設立主旨書には、その設立動機と活動の目的が簡潔に語られている。ICUにおいて、学生同士の交流が少ないという問題があること。そして、その問題を解決するために、ビデオを用いて「(映像・音響を含めて)より全体的に、かつ正確迅速な情報交換―究極にはコミュニケーション―を実現する」(「VIDEO-INFORMATION CENTE[R] 設立主旨書」、1972年 )ことである。こうして成立したVICは、以後大学サークルの範囲を超えて、様々な活動を展開することになるが、その活動は、「ハイ&ローを問わない網羅的なイベントの記録」「ビデオ・テクノロジーを用いたコミュニケーションの実験」「ビデオ関連イベントの企画」「国内外の芸術グループとのコミュニケーション」「ビデオの普及活動」の大きく5つに分類することができる。
具体的には 、ICUの学生食堂における放送から始まり、「ソフトミュージアム」構想、ダンス・演劇・展覧会・シンポジウム・ママさんバレー・コンサートなど多様なイベントの網羅的なビデオ記録、三鷹のアパートでのCATV実験である《Cable Paravision Ten》などを行った。その中心にあったのは、コミュニケーションとは何か、いかにそれは可能なのかという問いである。VICの状況劇場の記録ビデオはおよそ20件の演目に及んでいる。