慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

【追悼】唐十郎さんを悼む

唐十郎氏のご逝去にあたり、土方巽アーカイヴとして、あらためてこれまでのご協力を深謝するとともに謹んで哀悼の意を表します

唐十郎さんがお亡くなりになってから少し日が経ちました。命日は、奇しくも寺山修司さんと同じ5月4日でした。
唐さん、寺山さん、土方巽と合わせて、1960年代に澎湃として起こったアンダーグラウンド運動の3巨頭と言っていいでしょう。私も以前に、この3人をトライアングルで捉え「アングラの三角錐」と呼称して紹介したことがあります。

また、瀧口修造さんは、唐さん、赤瀬川原平さん、それに土方巽の3人を日本を代表するシュルレアリストとしてフランスに紹介していました。
唐さんは土方巽よりもずっと若年です。単に年が若いことを言っているのですが、二人が出会うことに関わってきます。土方巽との関わりを述べて、唐さんへの追悼の言葉にしておきます。

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唐さんにとっての土方巽との出会いの場は、かの「万年町」です。万年町は言うまでもなく、唐さんが生まれ育った町で、唐さんの名作『下谷万年町物語』の舞台となる地です。「下車坂という都電の駅があり、そこから浅草六区に向かって一歩踏み出した辺りに、下谷万年町という」と紹介されています。

ある朝、家の向かいの「おかま長屋」前で見知らぬ男が七輪でサンマを焼いていたのです。その男が土方巽だったのです。またある日のこと、路地に面した部屋で勉強をしていると、窓から覗いて算数を教えてくれた戦争帰りの男がいたのです。その男が土方巽だったというのです。

まるで唐十郎の戯曲の情景のように、唐少年と土方巽との出会いを語り、その遭遇を神話としたのです。まさか作り話でしょうと言う向きは、人文社発行(2004年)の地図帳『古地図・現代図で歩く 昭和三十年代東京散歩』の台東区のページを開いてみてください。

土方巽も自らのプロフィールで、「上京後、上野車坂に、体験舞踊設立」と書き留めています。土方巽は住まいのドヤの近くの三之橋で都電に乗車し下車坂で下車したのでしょう。三之橋と車坂は舞踏の「聖地」です。

さて、成人となった唐さんが土方巽に久闊を叙することになるのは、1960年代半ば、おそらくは1966年のこと、アスベスト館でのことでした。麿赤兒さんが唐さんを土方巽に引き合わせたのです。麿さんは、この年の正月に初めてアスベスト館を訪問して、土方巽に惚れ込み、ある日、演劇仲間の唐さんを土方巽先生の元に連れて行ったのです。

唐さんと土方巽の波長が合うかという心配も杞憂で、土方巽は唐さんを気に入り才能を認め、唐さんも土方巽を「私の師」としたのです。

元々は、アスベスト館を状況劇場の稽古場として借りる算段でもあったのですが、いつの間にか、唐さんと李礼仙さん夫妻は、アスベスト館からキャバレーのショーの仕事に出かけることになったのです。もちろん、唐さんはショーダンスの流儀を土方巽から仕込まれたのです。

「錦糸町のキャバレー街から、いち早く、芸術の香り高い“秋田公爵”の前に戻り」、それから土方師との深夜の特訓の時間となるのです。その特訓が3年続いたと言います。

ということで、唐さんにとって土方巽は文字通り「先生」であったのですが。李さんによれば、日常の挙措を、それこそタバコの吸い方から土方巽のマネをするようになったと言います。

土方巽は状況劇場の公演に出掛けるようになります。観客は少数の野外や小さなライブハウスでの公演を経て、状況劇場を象徴する赤テントでの公演の頃には多くの観客を集めることになりました。

テントの購入経費には、もちろんキャバレーのショーで稼いだお金が注ぎ込まれていたことでしょう。そしてまた、土方巽も赤テント興行に、瀧口修造さんや澁澤龍彦さんを誘います。彼らも赤テントの芝居を大いに気に入ることになります。土方巽は状況劇場の観客動員の一翼を担うことになったのです。

二人が舞台で共演することも一度ありました。「唐十郎 河原男爵 愛のリサイタル」(1970年・アートシアター新宿文化)に、土方巽は客演しています。少女を踊った土方巽は、何とフィナーレでは主役の隣で跪いて頭を下げています。

余聞。実は、アスベスト館来訪の前に二人は出会っているかもしれません。1960年8月、劇団点の会第一回公演です。この公演では2本の作品が上演されています。唐さんは「わらしべ長者」(武智鉄二演出)に本名の大鶴義英で出演していて、土方巽は作品No,0「快楽論」で振付を担当しています。

二人が写った写真はそれほどないようですが、「愛のリサイタル」の舞台写真を掲載しておきましょう(「唐十郎 河原男爵 愛のリサイタル」のフィナーレ 撮影:成田秀彦)。

(森下隆)


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