アート・センター主催イベント 瀧口修造アーカイヴ 土方巽アーカイヴ ノグチ・ルームアーカイヴ 油井正一アーカイヴ

contents

トップページ設置講座クリエイティブ産業研究講義記録08.05.29 講義記録

クリエイティブ産業研究―音楽コンテンツを中心に― (社団法人日本レコード協会寄附講座)

サブメニュー

クリエイティブ産業研究:講義記録

5.29 クリエイティブ産業を考えるために―テレビCMをもとに 河島伸子(同志社大学経済学部 教授)

1.テレビCMの質―創造性の低下

この20年、テレビCMの質、創造性が低下しているように感じる。サントリー・資生堂・西武(3S)など、かつては文化的で素敵なCMがあった。「広告は文化」という姿勢で制作された時代もあったが、現在は売りたい商品の訴求ポイントのみをストレートに言う(アメリカ的な)CMや、タレントに依存したCMが多く作られるようになり、映像や、ストーリーの工夫が凝らされたCMが少ない。その理由として、YouTubeなどによる受容の変化、視聴者のテレビ離れがあげられている。このような状況は、文化社会学における「文化の生産論(Production of Culture Perspective)」の考え方によれば、創造的活動を取り巻く社会的、経済的、法的な状況が文化に影響を与えているためとされる。

面白いかどうかは主観的な評価であるが、カンヌ国際広告祭における入賞の状況をここではある種の客観的評価として使うことにする。毎年、カンヌ国際映画祭の前に開かれるカンヌ国際広告祭では、アルコール飲料、金融部門などジャンル毎に出品作を上映し、優れた広告は審査員の評価により賞が与えられる。毎年、概ね80カ国が出品し、アメリカやイギリスが高い評価を得ているほか、近年はアルゼンチン、タイやインドなどの新興国が面白みのある作品を出品している。かつて受賞した経験もある日本は現在、低空飛行中だ。

そこでは、例えば車のCM表現にみられるように、車のボディや走りのかっこよさ、ファミリーカーの利便性をストレートに映すような、当たり前のことをわかりやすく言うだけのCMは評価を得ない。評価される広告は、より創造性の高い個性のある作品だ。ホンダ(海外)のCM、車の部品がドミノ倒しのように進み、物音が音楽になっていく映像の最後になって、唯一の台詞「物事がちゃんと動くって、いいことだと思いませんか?ホンダ」のタグラインをもって締めくくられる例がある。「ホンダの車は壊れません」と言いたてるよりも、印象的でおもしろい。CMが、じっくりと長い時間を使っている点も、15秒スポットが主流の日本ではあり得ない表現だ。

2.広告会社のビジネスモデル/3.「広告」と「プロモーション」

日本の広告会社は、「フルサービス・エージェンシー」というスタイル。電通や博報堂などに代表される広告会社は、メディアから時間やスペースを買い取って広告主へ販売するいわば代理店業務で15%のコミッションを得ている。取引される枠は広告会社が先買し、広告主へと切り売りされるため、莫大な資金力と交渉力をもっている大手広告会社が有利となるシステムである。CMを制作するなどクリエイティブな部分だけでなく、数ある広告主とテレビ局の膨大な広告枠の交渉を引き受けることで、メディア企業側も手間を省くことができる利点がある。かつては世界的なスタイルであったが、1970年代頃より欧米ではエージェント業務とクリエイト業務が分割され、現在はフィー制へと変化し、企業のブランドイメージを作るクリエイティブにより高い価値が置かれ、エージェント業務で得られるコミッションは4~5%程度になった。また、資金力ではなく創造性や表現力で仕事が得られるため、起業がし易く、クリエイティビティにおける競争化進む。一方、フルサービス・エージェンシーのビジネス・スタイルが残る日本では、CMの制作ではなく広告枠を押さえることが優先されるため、発想や想像性への金銭的報酬という習慣が根付きにくく、クリエーターも大手から独立がしづらい状況がある。

4.メディアにおける広告取引―GRP

広告枠の売買基準として用いられているGRPとは、ビデオリサーチ社の調査による視聴率×一週間のCMの放送回数×放送週数で、算出された合計何人位の人がCMを見ているかという指数(NHKなど一部を除く)。

TVは、見ている人からお金をとれない公共情報財のため、企業から収入を得る。番組のスポンサーには、専属でスポンサーとなる番組広告と、スポット広告の2種ある。番組広告は企業のカラーに合わせた番組提供や、長い広告時間を有することができるが、費用も高い。それに対し、スポット広告は15秒単位で広告枠を買うことができ、GRPの数値だけをみれば番組広告もスポットも結果は変わらないため、対費用効果の高いスポット広告が現在の主流となっている。

5.広告主における流通の変化/6.変わる広告表現、広告の位置づけ

ストーリーのあるCMで企業のイメージや商品のイメージを伝えるCMが海外では多数作られている。アウディーのCMは、いかにもイギリスらしいどんよりとした暗い映像のまま、夜のロンドンの街を車が流してく。その途中、イギリスの「山ほど酔っ払う」という意味の言葉“Drink like a fish”を想起させる、魚のおばけみたいなものがほんの一瞬、街の中に登場する。ナイキのスニーカーのCM(タイトル:アングリー・チキン)は、ナイキのスニーカーを履いた男が鶏に追いかけられ、町中を疾走する様子がフランス語で実況中継される。ナイキのスニーカーの機能を台詞として伝えるのではなく、疾走する男性の姿でそのメッセージを伝えている。

日本で、このような手の込んだ長いCMが作られないわけは、広告会社や制作者だけでなく、広告主の許容力にもある。企業の宣伝部は、宣伝が販売にどれだけ結びついたかの実績を重視する傾向にあり、即時に結果が現われやすい訴求ポイントを訴えるCMが制作されがちな状況にある。この状況を変える動きとして、お金のかかるテレビCMではなく、ウェブと連動する広告手法が生まれている。

海外ではBMWの、ウェブからドラマをダウンロードするインタラクティブ性に訴えた広告手法が話題となり、忙しく家でテレビを見る時間の無い30代をターゲットとしたこのCMは、新しい広告形態の先駆けとして、以後ブランデット・エンターテイメントの潮流を生み出した。日本では岩井俊二監督によるキットカットのCMの続きをウェブで公開し、最終的には一本の映画「花とアリス」として公開するなど、成功を収めている。この新しい広告手法は、現在の広告業界の現状を打破し、かつて日本のCMにも見られたストーリーと情緒のある作品をまた制作できる可能性をもっている。

講義中、先に紹介したCMの他、ムーン・リバーの歌に乗せて映画のタイトルやシチュエーションをナレーションする日立のホームエンターテイメントのCMなど、国内外の作品をいくつか鑑賞した。

質疑応答

Q.日本もフィー制になるきっかけはあるか。
A.現在、広告主は何千社もあるのに対し、テレビ局や広告代理店は寡占状態。したがって広告主の力が弱く、現在の手法に落ち着いている。
Q.文化的に優れていても売り上げにつながらなかった場合、欧米の広告主はどうするのか。
A.欧米では、プロモーションのための広告とブランドを育てるための広告とを分けて考えている。日本のように広告は売れることを目的としたものと限られないので、その商品の売り上げに直接つながらないことは問題ない。
配布資料
レジュメ1部