クリエイティブ産業研究:講義記録
5.22 アメリカのクリエイティブ産業(映画)/塚越 隆行(ウォルトディズニースタジオ ホームエンターテイメント 日本代表)
ディズニーは一昨年、現在のボブ・アイガー社長兼CEOへ経営移行。それとともにピクサーを8000億円で買収するなど、新たな経営方針を打ち出した。ジョン・ラセターは、ディズニーの現CCO(Chief Creative Officer)として、ディズニー作品を特徴づける存在となり、かつて所属したディズニー・スタジオは、アメリカのクリエーターたちにとって登竜門となっている。なお、ピクサーのCEOであったスティーブ・ジョブズとの協力関係が生まれたことにより技術力も強化された。
企業集団は、大きく4つの部門で構成される。アメリカではテレビ局のABCも傘下のひとつで、ESPN(スポーツチャンネル)などメジャーなチャンネルをもっているが、日本では外国の資本がメディアを持つことは非常に困難である。
組織
- 「スタジオ・エンターテイメント」
- モーション・ピクチャーズ・ジャパン、ホーム・エンターテイメント、ディズニー・ミュージック・グループ
ディズニー・キャラクター・ボイス・インターナショナル - 「コンシューマ・プロダクツ」
- ディズニー・パブリッシング、ディズニー・インタラクティブ
- 「パーク・アンド・リゾート」
- 「メディア・ネットワーク」
- ディズニー・テレビジョン、インターネットグループ
ホーム・エンターテイメント部門では、ディズニー・レーベルの作品をDVDなどへパッケージ化している。以前は、ポニーキャニオンやバンダイビジュアルなどによるライセンス制作が行われていたが、89年より自社へ移行。当時の主流はビデオレンタルビジネスで、1万本売れれば大ヒットの時代に「ファンタジア」50万本、「美女と野獣」100万本、「アラジン」200万本、「もののけ姫」400万本を販売。現在、ブルーレイ・ディスクを積極的に展開し、今後の可能性が大きい映像配信でも実験を行っている。また、ホーム・エンターテイメント部門はオリコンのデータによると4年連続ナンバー1のUSメジャースタジオディストリビューターである。
世代によってディズニー作品への記憶は異なり、この25年は「ディズニーランド」の印象が強いが、「ディズニー」は、映画やアニメ、グッズなどすべてを含む。
ホーム・エンターテイメント部門では、「ディズニー」の再ブランディングとして、新作に限らずかつてウォルトが作ったものを再リリースしている。
私たちホーム・エンターテイメント部門が扱っている作品群は、「ディズニー・スタジオ」の映画やアニメーション、「ディズニー・チャンネル」(ティーン向け番組を制作。アメリカのほぼ全ての世帯、9000万世帯に普及。)の作品群、「ABC」(大人向け番組を制作)のテレビ番組。さらにスタジオジブリの作品群がある。ジブリ美術館では、世界中のすばらしいアニメーションの上映やDVD化など、作品を提供する機会もつくっている。
経営方針
- 「1.クリエイティブ」
- ピクサーの買収など製作部門の充実。
- 「2.テクノロジー」
- ipodとの提携や、アメリカの映画館での3Dの普及など、技術の革新により提供できる満足の向上。
- 「3.インターナショナル」
- グローバルなブランドイメージにもかかわらず、インターナショナルでの売り上げは20%程度で80%近い売り上げは北米にある。インターナショナルでの市場拡大が今後の課題。
加えて「シナジー」というアイガー氏の考えがある。部門間競争を進めた前経営者と大きく異なる点で、グループ間の協同による活性化を目指す。社内でフランチャイズと呼ばれるこの方法で育てられた作品が『リロ・アンド・スティッチ』。さまざまな部門がスティッチというキャラクターを育成。映画の予告編では、ディズニーの他の作品の中で大暴れするスティッチが描かれ、グッズ、ゲーム、テレビアニメが制作されるなど、キャラクターの活躍の場が越境・拡大された。また、今秋より日本発のアニメが放送されるなど、10年前では考えられない新しい取り組みも行われる。
映像業界を構成するのは、「プロダクション(作り手)」、「ディストリビューション(運び手)」、「ウィンドウズ、プライス」、「マーケティング、セールス」の4つの要素。私はプロダクションによって制作された作品を運ぶディストリビューター。どのように作品を届けるかを思索し実行する。
最大公約数で作品が作られるハリウッドのグローバリゼーションに対し、日本はローカリゼーションのコンテンツに特徴がある。日本のいいところを作品に反映した表現ができれば、ハリウッドに対抗できるコンテンツができるはず。また、アメリカでは作り手がお金をもらえるシステムが整っているが、日本はもっとプロデューサーなどビジネス側が育たなければならない。産業全体が潤うことで、作り手を含め、より活性化がすすむのが理想。収益が上がることでまた大作を制作することができる。
映画を製作したスタジオの収益の内訳は、映画興行、ホーム・エンターテイメント、Pay TV。現在はホーム・エンターテイメントの割合が高く、これまでVHS、レーザーディスク、DVDと、フォーマットが変わることで消費者が便利になり利用の機会(=売り上げ)が増大した。こうしたプラットフォームには、映画興行、パッケージ(セル、レンタル)、ビデオオンデマンド(BOD)・PPV・Pay TV、地上波などがある。各プラットフォーム間の期間、価格などの設定、映画興行からパッケージまでの期間は、スタジオごとの自主規制であるが、USメジャー(ディズニー、ソニー、フォックス、ワーナー、パラマウント、ユニバーサル)が約4ヶ月、東宝、松竹、日活、東映など邦画は約6ヶ月が現在のスタイル。映画興行からパッケージまでのウィンドウ以外でも各ウィンドウは同様に戦略を要するもので、ディズニーではパッケージから、BOD・PPV・Pay TVまでは45日という社内規定がある。それも最近まで90日であり、状況にあわせて変化していく。iTuneなどさらに新しいプラットフォームが登場した場合、どのタイミングにいくらで提供するのかというビジネス戦略を練ることになる。
マーケティング・セールスはプラットフォームごとに行われる。ホーム・エンターテイメント部門としては、「メッセージ・ポジショニング」、「パッケージ・プライス」、「プロモーション」と、独自のマーケティング・セールスのポイントで行っている。
『もののけ姫』、『千と千尋』、『ハウルの動く城』では、映画とDVDを別々のキャッチコピーとすることで、それぞれのメッセージとポジショニングが表現された。映画では作品について理解を、DVDでは所有してもらうことを意図したコピーの作成を糸井重里氏に依頼。フィルムなど特典を付けてのDVD販売、同じコンテンツで2種(愛蔵版と廉価版)の異なるジャケットと価格を作成した『シンデレラ』、原作を無料配布した『ゲド戦記』など、パッケージとプライス、プロモーションの工夫を行っている。イベントやテレビ、広告宣伝などのプロモーション活動を行うマーケティング。客層にあった品揃え、どこに何を置いたら売れるのか(プラノグラム)、わかりやすいディスプレイ、客の導線、優位置・多箇所展開、リプリシュメント(商品補充)などを行うセールス。新星堂秋葉店にて商品のディスプレイ方法や、わかりやすいジャンル分け、店内での配置をテスト。陳列された商品のどの位置に客はタッチし商品を購入するのか、コンサルティング会社のアクセンチュアと協力しての調査から、タワーレコードとのキャンペーン「No Dream No Life」など、訴求方法を検討することもセールスの仕事。
これらすべての流れがつながることで、業界は拡大する。そのためにも、次世代を担う人材の育成が必須。特に、日本の強みを分析し世界に発信していくこと、優れたプロデューサーが出てくることが日本の映像業界の次代の発展につながっていく。
質疑応答
- Q.クリエーターにお金が残るようにするにはどうすればよいか。
- A.作り手を大切にする仕組みをビジネス側の人間が作る必要がある。これまで、映像業界の仕事の方法として、アニメスタジオは下請け的な存在で、作品ごとに請け負っていたが、正社員として継続的に仕事を重ねることで、人材を育成しているのがジブリ。この例を広げる工夫が必要である。
- Q.日本でプロデューサーが育たない理由はどこにあるか。
- A.どうすればなれるのかを説明する機会が少ない。今回のような講座を通して関心をもってもらうことが大切。産業界から次の世代の社会人へ説明する必要がある。
- Q.ディズニーが成長するにあたり日本において作品にかかわる何かをおこなう可能性はないのか。
- A.10年前にはなかったが、今のディズニーではあり得るだろう。アメリカの本社から出て日本でアニメーションがつくられるのは、これまでなかった事例である(スティッチのテレビアニメーション番組作成のこと。マッドハウスが制作。)。日本発のディズニーブランド作品がつくられる日もこれからはあるかもしれない。そのような作品が今後、皆さんの目に触れる機会があるようにがんばりたい。
配布資料:チラシ3部