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トップページ設置講座クリエイティブ産業研究講義記録07.05.10 講義記録

クリエイティブ産業研究―音楽コンテンツを中心に― (社団法人日本レコード協会寄附講座)

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クリエイティブ産業研究:講義記録

5.10 クリエイティブ・エコノミーの台頭

金正勲(慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授)

創造性の定義

私自身は、本講座のタイトルであるクリエイティブ産業を「人間の創造性を生み出し、流通させ、利用することに関連する経済的な活動が行われる分野」と定義している。これは解釈の仕方によって狭くも広くも捉えることができる。狭く捉えれば、創造性=クリエイティビティの中でも特に人間の表現に焦点を当て、それを流通・利用するものとして考えたときには、いわゆるコンテンツ産業と近い概念になる。一方で広く捉えれば、創造性は全ての経済活動と何らかの関係性を持っているもので、その波及効果も大きい。今回は後者、つまり創造性を中核的な資源として経済・社会システムとしてのクリエイティブ・エコノミーの台頭について考えてみたい。

講義の様子

創造性という言葉は日常生活の中でも幅広い文脈で用いられている。感覚的には理解した気になるものの、明確な定義をすることは難しい。ここではまず、創造性の概念について十分な理解を持つために、その多面性を論じておきたい。

Webster辞書によると、創造性とは、「価値ある、新しい形態を生み出す能力」と定義している。この「価値ある」「新しい」という2つの要素には絶対的な基準があるわけではなく、社会状況に応じて変化する文脈依存的の高いものであり、「いつ」「どこで」「誰に」とって新しく、価値があるのかということを常に念頭に置かなければならない。

一方、創造性を判断する主体から考えると、創造性には「個人にとっての創造性」と「社会にとっての創造性」の2つがある。クリエイターが生み出した作品の創造性を判断する際に、その当人にとって創造的であるかどうかということと、社会にとって創造的かどうかということは必ずしも一致しない。村上隆というクリエイターは、社会にとっての創造性を非常に重視していることで知られる。日本の場合、これまでのアートの世界では、クリエイターは個人にとっての創造性・イマジネーションを重視すべきであり、社会的評価は二次的なものとされる傾向があった。しかし彼は、作品の紹介文の翻訳に多大なコストをかけるなどして、自らの創造性がアートの文脈においてどのような貢献があるかを積極的にアピールし、その社会的価値を説得力のある形でストーリーテリングすることに力を入れている。

純粋なアートの世界では、自らの創造性の基準によってのみ創作活動を行えばよい傾向が強い。しかしクリエイティブ産業という観点から見た場合は、関連した経済活動が行われ、クリエイターや創造行為に対する投資を集めるためには、社会的評価も重視しなければならない。このようにクリエイティブ産業が発展していくためには、「個人にとっての創造性」と「社会にとっての創造性」の双方が上手く融合することが大事である。そういう意味で、村上隆はその両方を上手くマネジメントしている数少ない日本人の例と言えよう。

これはクリエイティブ・プロセスの範囲規定にも関連する。クリエイターが作品を作るまでのところを「創造化」、それを社会的にとって価値あるものとして還元するところを「価値化」と呼ぶとしたら、両者が循環、統合していくプロセス全体を設計していくことが大事である。また、創造化には感性やイマジネーションといった右脳的な能力、価値化には論理力、計算力、戦略的マネジメントといった左脳的な能力といったように、それぞれ求められる能力も異なってくる。

現在の日本の状況を考えたときに、日本製のアニメやマンガが世界中で消費されていることからもわかるように「創造化の分野」は得意だが、価値化の分野で遅れをとっていると言えるのではないか。日本のGDPにおけるコンテンツ産業の比率は世界的に見ても低く、コンテンツ産業への政策的な関心が高まっているにもかかわらず、産業規模が大幅に拡大しているわけではない。こういう現状を変えていくためにも、創造化と価値化の本質を深く理解し、それをプロデュース・マネジメントできる知識基盤や人材基盤をいかに構築していくかは、コンテンツ産業政策にとっては重要である。

創造性はどのように生み出されるか

創造性が具体的にどのように生み出されるかを考えたときに、ひとつは「ゼロから何かを生み出す創造性」、もうひとつは「既存のものを組み合わせる創造性」の2つが考えられる。アナロジーとして、レゴブロックを想像するとわかりやすい。レゴ自体を発明することは前者の創造性であるが、すでにあるブロックを使って自らのアーキテクチャ(全体の設計)のイメージを表現し、家や飛行機を作り出すことは後者の創造性であると言える。

創造性がゼロから生まれてくることは稀であり、組み合わせまたはミックスアンドマッチによって自らの付加価値を付けていく創造性のほうが圧倒的に多い。たとえばアカデミックの世界では、研究をする際には最初、過去にどのような研究があるかを調べるリテレチャーレビューを行い、そこに自分のとしてのネットバリューを付加することで初めて研究業績として認められる。

このようなことをアイザック・ニュートンは「巨人の肩の上に立つ小人」という言葉で表現している。一般個人としての小人は、先人の遺産とその蓄積という巨人の肩の上に立つことで遠くまで見渡すことができる。本講座でも今後、著作権について勉強をしていくと思うが、著作権制度を考えるときにも、この2つの創造性がどのように関係しているかが重要な焦点となる。ゼロからの創造性の促進に力をいれれば著作権は出来るだけ強く、組み合わせの創造性の促進に力を入れれば著作権は弱く設定されるだろう。そこで両者のバランスを取るための適切な保護の水準、保護の範囲、そして保護の期間を議論することが、著作権制度の重要問題となる。

我々は創造性という言葉を聞くと、まず芸術作品を生み出す「芸術的創造性」を考えることだろう。ただ、クリエイティブ産業を考える際には、芸術的創造性の他に研究開発で新しい発明をする「技術的創造性」、起業家精神を発揮し、新しいビジネスモデル・企業・産業を創っていく「経済的創造性」といった多様な創造性を考慮しなければならない。

講義の様子

近年のクリエイティブ産業ではこれらの3つの創造性が有機的に組み合わされ、はじめて価値が生まれる傾向が強まっている。たとえばアップルのiPodは、楽曲の部分は芸術的創造性、iPodはデザイン・ユーザビリティに優れる技術的創造性、iTunesを組み合わせた楽曲の配信ビジネスモデルは経済的創造性といったように、3つの創造性が統合的に組み合わされ、莫大な価値を創出した例として理解できる。

クリエイティブ・エコノミーの台頭、そして国家・都市・企業・個人

クリエイティブ産業の台頭には、いくつかの要因が考えられる。トーマス・フリードマンが「The World is Flat」で示したように、現在は情報通信技術の発展によって国家間・企業間のグローバル競争が空間的な制約を超えて激化し、経済活動における国際的アウトソーシングの比重も高まっている。これまでも製造業などの分野では自動車工場のアジア移転などのアウトソーシングが行われてきたが、最近ではホワイトカラーの仕事までもがインドや中国にアウトソースされ始めている。そこで先進諸国は諸外国によって簡単に模倣されてしまう産業に依存していると、国際競争力を維持・拡大することはできなくなる。新しいものを作り出すことができる、創造性を持った人材がいるのかどうかが、重要な焦点となっている。

また、生活が豊かではなかった時代においては、人々は物理的な必要性に主眼をおいた消費活動を行ってきたが、今日の日本のように生活が豊かになることに伴い、製品の品質や産地といった付加価値にこだわるようになり、さらにはデザインがクールかどうか、自らのライフスタイルに適合するかといった感性的な部分に気を使うようになってきていることも、狭い意味での経済的合理性のみにとどまらない幅広い創造性を持った人材へのニーズを高めている。

このような時代において、国家・都市・企業・個人は、どのような対応を行うべきだろうか。特に日本のように少子化で労働力人口が減少を見せている国においては、優秀な人材を確保できるかどうかは死活問題になる。よって、大量生産時代とは異なる、新しいものを生み出す基盤・環境を作るために何ができるか、国家戦略として考えなければならない。

アメリカが大国化した大きな要因のひとつとして、外部の異質な要素に対するオープン性がある。移民政策や高等教育の充実によって、アインシュタインをはじめとする高度な科学者、技術者、そして留学生が世界中からアメリカに集まる状況が続いてきた。しかし911のテロ後、国家安保を重視しすぎる中で、海外の優秀な人材の受け入れを制限し始めたこともあり、今や創造人材が他の国に流出し始めていることが、国の活力の源をなくしてしまうことになるのではないかという懸念がアメリカ国内でも指摘されている。

また、都市と産業の関係においては、これまでは工場を作ればそこに人が集まる、つまり「人が企業を追う」という図式が主流であったが、近年は逆に、企業が優秀な人材を追って移動するという関係が成り立ちつつある。従って、都市行政にとっても、企業の誘致よりも、創造的な人材が住みやすい環境を作ることで、企業が後からついてくるようにする戦略に移行すべきであるという考えが一部で広がりを見せている。

一方、個別の企業としては、感性を重視するようになった消費者にいかに訴えかけていくかをよく考えなければならない。さらに、簡単に他者に模倣され得ないイノベーションを持続可能な形で具現化していくために、創造的人材をいかに育成・確保していくかが将来の企業競争力を左右する最重要課題になりつつある。たとえば、グーグルでは就業時間の20%を新しいものを生み出すことに時間を使うよう制度的に確保しているといわれるが、こうした取り組みも今後の企業経営にはひとつのヒントになるだろう。

最後に、我々個人としては、クリエイティブ・エコノミーの中でどのような人生設計・キャリアプランを描いていくべきだろうか。先ほど、芸術的・技術的・経済的創造性という言葉で示したような、広い意味での創造性を持つ必要がある。左脳的な能力はこれからも引き続き重要だが、それに加え、右脳的な能力、すなわち共感力、コミュニケーション、イマジネーションを磨いていかなければならない。特に、クリエイティブ産業においては、創造性の本質を理解し、創造的な活動をマネジメントすることができ、更にその成果を経済的・社会的・文化的価値に転換することができる能力をもつ人材が求められていくことになるだろう。