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トップページ設置講座クリエイティブ産業研究講義記録07.04.26 講義記録

クリエイティブ産業研究―音楽コンテンツを中心に― (社団法人日本レコード協会寄附講座)

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クリエイティブ産業研究:講義記録

4.26 アメリカの知的財産戦略(映画産業を中心に)

塚越隆行
(ウォルト・ディズニー・ジャパン(株)、ブエナビスタホームエンターテイメント日本代表)

ウォルト・ディズニーとブエナビスタホームエンターテイメント

ウォルト・ディズニー、そしてブエナビスタホームエンターテイメントがどのような企業グループか、そして映画産業で実際にどのような仕事をしているのかを俯瞰し、そこからクリエイティブ産業全体の話へとつなげたい。

1980年代初頭に、マイケル・アイズナーがディズニーの建て直しを行い、昨年ボブ・アイガーに経営がバトンタッチされた。アイガーは3つの方針を掲げている。ひとつは「クリエイティビティの重視」として、クリエイティブ(製作部門)のテコ入れをしている。昨年8000億円でピクサーを買収し、監督のジョン・ラセターをアニメーションのトップ、CCO(Chief Creative Officer)として迎え入れた。もうひとつはテクノロジー。アップルのスティーブ・ジョブスとパートナーシップを組み、クリエイティビティと技術を組み合わせた取り組みを進めている。最後にインターナショナル。現在ディズニーの売り上げは全世界で約4兆円、その大きな部分をアメリカ本国が占めている状態であり、今後インターナショナルでの売り上げの増加を目指している。

講義の様子

ウォルト・ディズニー・ジャパンは、1. 映画の製作・配給やDVDなどのパッケージを販売する「スタジオエンターテイメント」、2. グッズのライセンス管理や出版・ゲームを取り扱う「コンシューマーグッズ」、3. ディズニーランドなどのテーマパークを運営する「パーク&リゾート」、4. ディズニーチャンネルなどのテレビ番組やインターネットを扱う「メディアネットワーク」という4つの組織から構成されている。

ブエナビスタホームエンターテイメントはスタジオエンターテイメントに位置づけられ、その中でも製作されたコンテンツを流通させるディストリビューターという役割を担っている。89年「眠れる森の美女」を皮切りに日本でスタートし、VHSで映像を届けるビジネスを行っていた。当時日本のパッケージ映像ビジネスは主にレンタルであり、セル販売を行っているところはなかったが、ディズニーは消費者直接販売に先鞭を付けた。1996年にはジブリと業務提携を結び作品の配給を開始し、2006年現在では日本の映像メーカーの中でナンバー1のシェアを持っている。

映画ビジネスに対する視点

映画ビジネスでは、「プロダクションとディストリビューション」「プラットフォーム」「ウィンドウとプライス」「マーケティング」という4つの要素から成り立っている。

アメリカの映画産業は約1兆円の売り上げ、インターナショナルの売り上げを含めると約2兆円の規模となる。1本あたりの製作費は、大作では数百億円もかかっている。一方邦画を見ると10億円で超大作、3億円でかなり大きく、ほとんどの邦画は1億円以下で製作されている。

製作されたコンテンツを流通させ、さまざまなメディアを通じて消費者に届けるのがディストリビューターの役割である。映画産業の売り上げは映画、DVD、ペイテレビ、VOD、地上波テレビといった複数のプラットフォームによって構成されるが、作品の最初の公開となる映画興行は、非常に大きな宣伝費をかけている。映画だけでビジネスを成り立たせることは難しいが、映画興行が成功するとその後のDVDの売り上げなどに大きな影響を与えることができる。

全体の売り上げの中ではDVDなどのホームエンターテイメントの占める比重が大きく、スタジオとしては重要な収入源になっている。日米を比較してみると、日本のユニークな点として特にセル(DVDなどのパッケージ販売)と比較してレンタルが大きなマーケットであることが際立つ。

これまで、VHS、レーザーディスク、DVDとフォーマットが変わるごとに、マーケットは拡大してきた。現在ではネット配信、ブルーレイなどプラットフォームが多様化し、消費者が自ら選択する時代に入っている。その選択は必ずしもどれかひとつではなく、通勤はiPod、車ではDVD、自宅では高画質映像といったように、ひとりのユーザーが複数のプラットフォームを使いこなすライフスタイルを提案し、マーケットを大きくしていくことを考えている。

ウィンドウとは、それぞれのプラットフォーム間でコンテンツをどのようにマルチユースし、収益を最大化するかという視点である。洋画であれば映画が劇場公開されてから、約4ヶ月程度でDVDとして販売される。これが邦画だと約半年程度で、特にジブリではその期間を1年程度と長くとっている。この期間を長くするべきか否かは、映画の印象がまだ強く残っているうちにDVDを販売したほうがよい、あるいはコンテンツを大事に考えれば長くしたほうが結果的に良いというように、人によって見解が異なる。

講義の様子

マーケティング

マーケティングは各プラットフォーム上での売り上げの最大化を担っている。日本では先述のように映像パッケージはレンタルでの利用が中心であったため、まず消費者にセルの購入という提案をする必要があった。ジブリの作品では「もののけ姫がうちに来る」や「千と千尋をうちに呼ぼう」などのキャッチフレーズで、所有というライフスタイルを定着させるためのマーケティングを行ってきた。

DVDを購入してもらうためには、作品そのものをよく伝え、消費者がDVDを欲しくなる仕掛けを作らなければならない。通常は1枚のDVDを1500円程度で販売するのみだが、「シンデレラ」では特典映像付きの2枚組みの特別版を同時に売り出し、結果としては通常版・特別版の半々の売り上げになった。「千と千尋」では、作中におにぎりにまつわる名シーンがあったため、それを生かしておにぎりの形をしたフィギャーを予約特典として付けて売るということもした。ハウルの動く城では、本物の映画フィルムを切って、これも予約特典として付けて販売した。どうやって作品のイメージを膨らませ、エンターテイメントを届けるかを考えている。

リテール、つまり小売店での販売の仕方も売り上げに大きな影響を与える。商品をどこに置いたら一番売れるか、どのように並べたら最も消費者が欲しいものを見つけやすいかを研究している。たとえばカテゴリー分けについて、「邦画」と「洋画」のような単純な分け方ではなく、監督、俳優、アクション・アニメなど、消費者に提案できる並べ方をしなければならない。特に最近では、ファミリー棚に注目している。今の日本の映像パッケージビジネスは、10%の消費者が売り上げの大半を支えているというような、いわゆる映像オタクに大きく依存した形になっているが、これからはファミリーのようなライトユーザー層をもっと広げていきたい。

日本コンテンツを世界に発信するために

これまで話してきたように、映画ビジネスにはさまざまな要素があるが、一番大事なのはやはり作品だと考えている。日本のコンテンツがどうすれば世界に出て行き、認められるようになるか。アメリカから学びつつも、日本が独自に持つすばらしい部分をどうやって生かせばいいのであろうか。

たとえば小津安二郎の作品は、間の取り方や空間など非常に日本的な表現をしていると評価されるが、それは日本の伝統的な文化から受け継いでいるものである。日本の絵巻、古典芸能としての能や浄瑠璃など、私たちが遺伝子として受け継いでいる文化をもう一度発掘することで、日本のコンテンツは国際的競争力を発揮できるだろう。世界マーケットの中で日本コンテンツをビジネスとして成り立たせることができれば、と考えている。

講義の様子

昔、あるアメリカのスタジオのエグゼクティブに「映画って何ですか」という質問をしたことがある。彼はビジネス寄りの人間だったこともあり、「Bundle of Rights(権利の束)」だという答えが返ってきた。映画をビジネスライクだけで考えることはできないが、日本でもプロデューサーが勉強して、どのようにすればコンテンツにお金が集まるかを考えておく必要があるだろう。

今の日本のアニメーション業界は非常に貧しく、アニメーターたちは夢で食べているというのが現状である。彼らがもっと楽しく仕事をして、いい作品を生み出していくためには、私たちビジネス側の人間が世界に対してコンテンツを売り出し、ビジネスとして映画産業を大きくしていかなければならない。

クリエイターが日本の強みを生かしていい作品を作り、プロデューサーがお金の集まる仕組みを作り、ディストリビューターがマーケットを広げていくという、それぞれの努力が合わさることで、クリエイティブ産業はもっと豊かになる。ここにいる皆さんが将来どういう仕事につくかはわからないが、ぜひ、日本のクリエイティブ産業から豊かな文化生活を生み出していってほしいと思う。