慶應義塾大学アート・センターが「土方巽アーカイヴ」を設立したのは、1998年4月である。現代芸術に関する「研究アーカイヴ」の構築についての、アート・センターの関心の具体化の最初の試みであった。 1960年代に前衛芸術家として活動をさかんにした土方巽の舞踏は、我が国の現代芸術を代表するアーティストたちとのコラボレーションを通じて生み出され、たんなるパフォーミング・アートの領域には収まらない「横断性(トランス)」を特徴としており、この点においてアート・センターの「研究アーカイヴ」のパイロット・モデルとして最適の素材であった。
また、「アーカイヴ」は、ある特定の主題に関するドキュメント(一次資料)を収集・保存・管理することを使命とするが、土方巽アーカイヴは、土方巽記念資料館(アスベスト館/東京・目黒)から、数多くの一次資料の寄託を受けることで、無二のアートアーカイヴとして、その本格的な活動を開始した。ややもすると、この国が手放そうとする貴重な文化遺産を保持することが、アーカイヴの使命の中核にあることは言を俟たない。
〈燔犠大踏鑑〉ポスター
デザイン:横尾忠則
題字:三島由紀夫
さらに本アーカイヴは、研究文献(二次資料)の収集・蓄積と研究情報検索の具体化を図る「研究アーカイヴ」であること、これに加うるに、多様なデジタルメディアやシステムを活用する「デジタルアーカイヴ」として位置づけられよう。それゆえ、一次資料の整備を基本としつつ、さらに資料のデジタル化を積極的に行ってきた。これらの作業を経て、資料の展覧会仕様を図るとともに、資料のデジタル保存およびデータベース構築を実現してきた。
身体表現の世界にまったく新しい表現方法を提示した土方巽の活動は、「BUTOH」という用語が世界的に定着していることからも明らかなように、今や世界的規模での研究対象となっており、その結果、土方巽や舞踏について学ぶため日本を訪れる外国のダンサーや研究者が後を絶たない。本アーカイヴでの調査・研究をもとに生まれた研究成果は、すでに外国人によるものが日本人によるものを上回っていることは、今後のアーカイヴの活動にさまざまな示唆を与えてくれよう。
研究文献および研究情報の収集に関して視野と関心をさらに広げて対応すること(国際性)、映像や音声など未整備・未収集の資料について一層の整備・収集・公開に力を入れること(多元性)、そしてアーカイヴ自らの研究成果を提示すること(創造性)である。
土方巽アーカイヴを訪れる人々の研究レベルの向上と研究関心の拡大に対応した資料の充実、インターネットの活用などアクセスの多様性に応えるデータ提供のシステムの開発などを視野に入れつつ、今後とも「ユニヴァーシティー・アーカイヴ」として土方巽および舞踏に関する世界的規模の情報受信地、そして情報発信地となることを目指し、世界における舞踏研究と舞踏理解に寄与する使命を追求したい。