【FromHome】-09 6月5日:「コロナ禍と学生」鈴木照葉(2020/5/8)
Fromhome
慶應義塾大学アート・センターは、展覧会活動やアーカイヴの公開を行ってきました。キャンパスに隣接しながら門の外にあるという場所も含め、小さいながらも外に向かって開かれている学校の小窓的存在と言えます。
新型コロナウイルス感染拡大の影響下、展覧会やアーカイヴの公開を出来ない状況が続いていますが、スタッフはリモートで仕事を続け、アート・センターは活動しています。その中で、現状下における芸術や研究、自分たちの活動や生活について様々に考えを巡らせています。
そこで、所長・副所長をはじめスタッフからの日付入りのテキストを現在時点の記録として、ここにお届けいたします。
慶應義塾大学アートセンター
コロナ禍と学生
鈴木照葉(学芸員補)
筆者は同大学大学院博士課程にて美術史学を学び、アートセンターにて今年度より学芸補佐を行うことになった者である。本稿では、学生という立場から、ウイルスの影響下について、雑感を述べたい。とりわけ、ここ数週間での飛躍的な変化に対する人々の順応力に接し、自身の現状に対し悲観的であった気持ちを強く鼓舞されたので、これについて述べるものである。
就職を希望する人数を上回り、求人が上回る現在、専門を定め大学院に進学して、一般就職の可能性を狭めてしまうことはタブーであるとする社会の暗黙の了解が存在する。筆者はこのタブーを犯した一人といえるだろう。学芸員を目指し、より専門性を高めるため大学院へと歩みを進めて2年が経つ。その道のりは険しく、募集の少なさに加え、一募集につき一人程度の採用という、極小の枠に選ばれなければいけない難関をなかなか突破できず、現在に至っている。世の潮流に逆らった者への罰がこれほど重いとは、想像以上であった。
筆者のような学生にとっては、一日一日が非常に貴重である。自分に目標を課し、達成に向けて日々研鑽を積む。ある時は授業に参加し、ある時は出勤し現場での経験を積み、またある時は研究を進めるべく調査へと向かう。行先の定まらない身である以上、筆者にできることはただひらすらに経験値を上げ、来たる将来に備えることだと考えてきた。
しかし、現状はどうだろう。図書館、美術館は休館、学校も閉鎖、外出の自粛、学会の延期といった始末である。博士課程へと進学し、自身の研究に専念しつつ、新たな第一歩として同センターでの学芸補佐の仕事を始めた矢先にこの仕打ちである。八方塞がりとはまさに今この状況のことであろう。
試みに自身がこれまで貯めてきた書籍を読み漁っているが、さらにそこから調べ物をしたいとなると、限界を感じる日々である。意志はあれども周りの環境があまりにも乏しく、前進しようともせいぜい半歩ほどしか進めない。やりどころのない感情が押し寄せる昨今である。
新型コロナウイルスの蔓延とともに、世の中が停滞の一途を辿るという悲観的な印象を筆者自身当初は受けていたのだが、実態はどうだろう。
人々は事態が好転するよう、日々精力的な活動を見せ始めている。東京都に緊急事態宣言が発表されたことに伴い、外出自粛の要請が発令され、早2週間強が経とうとしている。このような状況下で、人々はオンラインでの授業や会議など、新たな試みを見せ始め、たった数週間のうちにこれらを世の常識として受け入れたように窺えるのである。
これはオンラインに限ったことではない。飲食店に提供されていた材料を比較的安価で、一般向けに提供する業者や、テイクアウトメニューを新たに打ち出し、店前で店内と同様の食事を提供するサービスなども多く見受けられる。我々はその新たな変化を一方ではささやかな楽しみと捉え、享受している。人は日常の中に苦痛を感じ、絶望の中に希望を見出す。奇妙にも平穏な日常と、昨今のような緊迫した日々との間の幸、不幸というものには、絶妙な均衡が図られているような感覚に陥った。
マスクの需要過多に対して、衣料品に携わる企業が新たに参画し、より多くの生産を試みている。布きれからマスクを作り始めた人も少なくない。人の順応力とは斯くたるものかと痛感した。たった数週間で人々の生活行動が劇的に変化したのである。これらの活発な動きからは、人々がこの身動きの取れない現状を変えようともがき、前進している様子さえ窺えるのである。
美術業界も一度は停滞を余儀なくされたが、内部の人々の尽力により、状況は少しづつ好転しているように思われる。本業界では、国立博物館を皮切りに、あらゆる美術館博物館が休館を強いられることとなった。2020年オリンピックイヤーを旗印とした盛大な文化の祭典が、いずれも中止を余儀なくされた。ウイルスという見えざる恐怖のために、美術鑑賞という娯楽は禁じられてしまった。
しかしこの過酷な状況を打破すべく、本業界も動きを見せ始めている。SNSでの作品紹介に止まらず、現在展示されている作品の解説を学芸員が行う動画の配信や、展示室の映像を撮りヴァーチャルで観覧ができるオンライン美術館なるものを展開する館が続々と現れ始めている。はしなくもウイルスが美術業界を新たなステージへと押し進めていく引き金となってゆくのだろうか。
身動きの取りづらい現状に対し、筆者は悲観的になるばかりで、積極的な行動をとってこなかった。対する社会は現状に立ち向かうべく、たった数週間で刻々と変化していたことに気付かされた。美術業界は常に縁がつきまとう。これはこの業界で出会う多くの方が筆者に忠言してくださる言葉である。筆者はこれを、自身の精力的な活動からくるものだと考えている。今年度から同センターで勤務ができ、この異例の事態下で展覧会事業に参加できることも、筆者の行動から生まれた、また一つの縁であった。
冒頭でも述べたが、筆者が将来のために今できることは、無尽に経験値を上げることである。このような状況下でも自身の意思次第でできることはあるであろうし、突き進むことにより新たに見えてくるものもあるはずだろう。この発想の転換を、現状を乗り越えんとする多くの人々による活動から気付かされた。事態を悲観せず、そして日々の変化を恐れずに受け入れ、そのどれをも自身の経験値と受けとめて、積極的に取り組んでいき、いつか結ばれる縁のためにアクションを起こし続けたいと思う。
世の中は今、あらゆる面で急激な変化を遂げているように思える。従来対面で行われてきた手続きや話し合いの多くがオンラインとなり、この機会を通して新たな利便性に気付かされたことも少なく無いだろう。今回のビックイベントを通し、世の中の仕組みは大きく変化するだろう。それに順応できるかは、変化を臆せず受け入れる柔軟性に起因していると思えてならない。
わが行く道に茨多し
されど生命の道は一つ
この外に道なし
この道を行く
(武者小路実篤『この道を歩く』)
2020年5月8日
- 【FromHome】-01 5月18日:「オリンピック記念浮世絵絵画展の、コロナ禍での顛末」内藤正人(2020/4/16)
- 【FromHome】-02 5月18日:「ドイツ文化大臣の発信とアーティストたちの実情」粂川麻里生(2020/5/9)
- 【FromHome】-03 5月22日:「今、この状況下で――見ることのできない展覧会」渡部葉子(2020/5/8)
- 【FromHome】-04 5月25日:「我々が直面したものは「休館」なのか―今の時代だからこそ楽しみを生み出せる」堀井千裕(2020/4/27)
- 【FromHome】-05 5月28日:「アナクロニズム的雑感−−−−「現実」とは何なのか」森山緑(2020/5/6)
- 【FromHome】-06 5月29日:「コロナ禍、これから芸術家は何を創ってゆくか」石本華江(2020/5/6)
- 【FromHome】-07 6月1日:「テートからのメッセージ」桐島美帆(2020/5/7)
- 【FromHome】-08 6月3日:「変わりつつ、変わらないもの」柏木亜希子(2020/5/8)
- 【FromHome】-09 6月5日:「コロナ禍と学生」鈴木照葉(2020/5/8)
- 【FromHome】-10 6月8日:「「見る」ことと「感じる」こと」新倉慎右(2020/5/9)
- 【FromHome】-11 6月10日:「貝殻について―見えるものと見えないもの」久保仁志(2020/5/27)
- 【FromHome】-12 6月19日:「アーカイヴの作業におけるリモートの限界を考えてみる」常深新平(2020/6/12)
- 【FromHome】-13 6月19日:「コロナ禍の生活で感じたこと」永渕圭子(2020/6/17)
What's on
- SHOW-CASE PROJECT Extra-1 Motohiro Tomii: The Presence of Objects and Matters
- Introduction to Art Archive XXVII: Correspondence-Poetry or Letters and Affects—Shuzo Takiguchi and Shusaku Arakawa/Madeline Gins
- Correspondences and Hyōryūshi [Drifting-poetry]
- ラーニング・ワークショップ「放送博物館」で考えるーアナログ技術のこれまで・これから
- Ambarvalia XIV Junzaburo and the Fukuiku: A Fresh Look at Modernism and Its Impact
- The 39th Anniversary of Hijikata Tatsumi’s Death: Talking together about Hijikata Tatsumi