【FromHome】-08 6月3日:「変わりつつ、変わらないもの」柏木亜希子(2020/5/8)
Fromhome
慶應義塾大学アート・センターは、展覧会活動やアーカイヴの公開を行ってきました。キャンパスに隣接しながら門の外にあるという場所も含め、小さいながらも外に向かって開かれている学校の小窓的存在と言えます。
新型コロナウイルス感染拡大の影響下、展覧会やアーカイヴの公開を出来ない状況が続いていますが、スタッフはリモートで仕事を続け、アート・センターは活動しています。その中で、現状下における芸術や研究、自分たちの活動や生活について様々に考えを巡らせています。
そこで、所長・副所長をはじめスタッフからの日付入りのテキストを現在時点の記録として、ここにお届けいたします。
慶應義塾大学アートセンター
変わりつつ、変わらないもの
柏木亜希子(事務嘱託)
中国で謎の肺炎が発生したという。初めのうちは扱いが軽く、外国からの観光客も相変わらず街中にあふれていた。2020年1月、当時の私たちは伝染病に自分たちの日常が脅かされるなど、微塵も想像していなかった。昨年の暮れに発生した未知の肺炎は、いつの間にか世界中に蔓延し、今も私たちを翻弄し続けている。私は慶應義塾大学アート・センターの事務員である。学芸員でもなんでもない一事務員だが、この度のコロナ禍において、いかなる影響をうけたのか振り返ってみようと思う。
最初にそのニュースを聞いたのはいつだっただろうか。正月休みが明けて少し経ってから、雑談のネタに上がったのが最初か。その頃は催事2件と展覧会を間近に控えていて、外国で発生した病気のことなどあまり気にかけてはいなかった。しかし1月21日に開催された催事「土方巽を語ること」が終わる頃には、肺炎のニュースは危機感を持って報道されるようになり、無頓着な私でもマスクを着用するくらいには世の中の風潮は変わっていた。
1月下旬、事務所受付のアルコール消毒液が残り少なくなったので注文しようとするも、主要な商品のほとんどが売り切れだった。世間では感染予防のためにマスクと消毒液の買い占めが起きていて、入手困難になっていたのだ。ようやく在庫のあるものを見つけたが、購入直後に入荷未定となってしまい、キャンセルもできずただ待つことしかできなかった。たかが消毒液で大げさな、と思われるかもしれないが、アート・センターはアーカイヴの利用者をはじめ、来客が多い部署である。アート・センターでクラスターを発生させるわけにはいかない。入荷未定だった消毒液が到着したのは約3週間後であったが、消毒液一つがこんなにもありがたいと思う日が来るとは、以前からすると考えられないことである。
2月に入り、肺炎はCOVID-19という名前がつき、国内でも感染が広がり始めた。1月20日より開始した「アート・アーカイヴ資料展XX:影どもの住む部屋II」は継続していたが、会期後半には会場の監視アルバイトの学生から感染の不安の声が上がる。しかし消毒液もマスクも手に入らない状況においてはどうする事もできず、自衛してもらう以外に方法はなかった。最終日にはトーク・イベントが予定されていたが、不安を抱えつつも当初の予定通り行った。その後、安全を考慮して、3月に予定していた瀧口修造没後四〇年記念シンポジウムが中止となる。事務のやることは各方面へ中止の連絡、会場のキャンセル手続き等々。以降アート・センターで主催する(あるいは共催する)イベントのことごとくが中止、延期になり、私たち事務はその度に同様の事務処理をした。時間をかけて準備をしてきた担当者や関係者の無念を感じつつ。
そして3月、学事日程が大幅に変更になり、対面授業を行わない方針が通知されると、Webを利用したガイダンスや授業運営などの準備が急速に進められた。アート・センターでは「アート・アーカイヴ特殊講義・特殊講義演習」と「Jazz Moves On !」の2つの講座があるが、どちらもガイダンス動画を急遽撮影、YouTubeにアップし、対面授業ができない期間の講義はオンデマンド配信や、Web会議ツールなどを活用することになった。オリンピックの延期が決まり、ロックダウンも現実味を帯びてきた。日に日に増える感染者数、様々な情報が飛び交うなか、私たち事務は日々の業務を続けた。その一方で万一のロックダウンに備え、在宅勤務のルールなどが具体的に決まっていく。そして高まる緊張感がピークに達した4月、ついにキャンパスは閉鎖となった。
現在、アート・センターでは次回開催予定の展覧会「SHOW-CASE project No.4 河口龍夫 鰓呼吸する視線」の準備をテレワークで進めている。次回、というが、本来の予定なら始まっているはずの展覧会である。当初は4月9日からの開催だった。会期の延長はすでに決まっていたが、会場の設営は通常通り行われ、無人の展示室には作品だけが並んでいる。ウイルスという目に見えないものに翻弄されつつも、アート・センターはキャンパス閉鎖期間の「観客のいない展覧会」をどう展開していくか、新しい試みを探っている。作家にとっても、今回のコロナ禍には思うところがあったらしく、展示完了後も作品が増えたと聞いた。
コロナウイルスは自然災害のような存在だが、関係者全員が諦める事なく状況を呑み込んで、新しい形を造っていく様はまるで生き物のようだ。そしてそれは当センターに限らず、人付き合いから社会システムにまで及んでいる。コロナ収束後、世の中がどんな変貌を遂げるのか、はたまた完全に元に戻るのかは全く予想がつかない。常に目の前の職務をこなすのみである。そしてそれはこれからも変わることはない。一つの変化に対して適応していった結果、大きな変革をもたらしたとしても、やれることをやる。ただそれだけなのだ。
2020年5月8日
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