【FromHome】-02 5月18日:「ドイツ文化大臣の発信とアーティストたちの実情」粂川麻里生(2020/5/9)
Fromhome
慶應義塾大学アート・センターは、展覧会活動やアーカイヴの公開を行ってきました。キャンパスに隣接しながら門の外にあるという場所も含め、小さいながらも外に向かって開かれている学校の小窓的存在と言えます。
新型コロナウイルス感染拡大の影響下、展覧会やアーカイヴの公開を出来ない状況が続いていますが、スタッフはリモートで仕事を続け、アート・センターは活動しています。その中で、現状下における芸術や研究、自分たちの活動や生活について様々に考えを巡らせています。
そこで、所長・副所長をはじめスタッフからの日付入りのテキストを現在時点の記録として、ここにお届けいたします。
慶應義塾大学アートセンター
ドイツ文化大臣の発信とアーティストたちの実情
粂川麻里生(副所長/文学部教授)
2020年3月下旬、コロナウィルス流行の影響により、わが国の経済とりわけ飲食業と文化産業がまっさきに大きなダメージを受けることが明らかになった時、日本のマスメディアはドイツの文化産業保護政策に言及しながら、同国政府の文化に対する手厚い姿勢とわが国の状況とを比較して問題提起としていた。筆者も、いくつかのメディアや機関の依頼で、ドイツの状況を遠隔からではあるがある程度フォローすることになった。以下は、当時知り得たことの覚書である。(2020年5月9日記)
●文化大臣の「宣言」と行政の動き
まず、ドイツのモニカ・グリュッタース文化大臣は、3月11日、政府のプレスリリースを通じて、「政府は、文化・芸術・メディア業界でに従事する人々を決して見殺しはしない」とし、「コロナウィルスの蔓延によって打撃を受けている文化事業者への大規模支援」を発表した。その後、3月20日にもベルリンでドイツ通信社(DPA)の記者との会見を行った同文化相は「芸術・文化・メディア産業におけるフリーランスおよび中小の事業者に対する無制限の支援」を約束した。グリュッタース大臣は「コロナウィルスは、文化国家としてのドイツを形成している多くの芸術家のライフスタイルに対する大きな脅威でもある」との認識を示した。
ドイツ連邦政府の試算では、今年3月から5月にかけて約8万件の文化イベントが中止になり、文化産業界全体の損失は最低でも125億ユーロ(約1兆5000億円)と見込まれた。グリュッタース文化相は、これに対応するために「速やかな、非官僚的な救済策をとる」と明言した(「非官僚的」とは、「役所による審査を経ない」という意味だ)。同大臣は「政府は、いかなるコストを払っても、芸術家を救済する」とし、まずは数十億ユーロの救済プログラムが芸術・文化・メディアのフリーランス事業者のために立てられること、フリーランス・中小事業者の救済プログラムの財源には2020年には実行不可能となる文化・芸術事業のための予算が流用されること、助成を受けた文化事業が中止された場合、助成金の返還は免除されることを発表した。会見の中でグリュッタース文化相は「文化事業の経済的な重要性」にも言及し、「文化産業は2018年には1055億ユーロ(約12兆6000億円)を生産しており、化学産業、エネルギー産業、金融業よりも大きな業界である」ことも強調した。
その後、3月25日にはドイツ連邦議会で補正予算が成立し、グリュッタース大臣の「約束」が実行に移されることとなる。30日には「アーティスト&クリエイターのための手引き」が政府広報として発表され、支援を受けるための手続きがドイツ全土に告知された。そこでは「労働時間不足手当」、「半年間の家賃と光熱費の全額援助」「育児支援」「事業用家賃支払いの猶予」「消費者金融との契約変更」などが告知され、さらに「映画製作」と「メディア企業の存続」のための財源を確保することも明言された。また、連邦文化財団(KSB)、各州レベルでの支援、欧州投資基金やEUのコロナ対応投資イニシアティブ(CRII)などの支援も紹介された。
●アーティスト&クリエイターたちの実際
わが国とは政治システムが根本から異なるドイツのことであるから、単純な比較はできないとはいえ、日本から見れば羨ましいほどの政策が打ち出されているように見える。ただ、連邦政府の決定を実行するのは各州や自治内の役所や機関であるため、住民が受けられるメリットは、地域によってかなりの差があるようだ。筆者がインターネット経由で個人的に取材したドイツ人アーティストたちも、さまざまな声を寄せてくれた。
−E. W.さん(女性画家、バイエルン州)
“子供の面倒を見なければならないので、全く働けません。絵も描けないし、政府の告知とか気にしてもしょうがない。もちろん、経済的な不安はいつも以上に大きいです。サポートパッケージは利用しないと思いますが、私のビジュアルアーティストとしての仕事は長期間を要するものなので、今のところ「逸失利益」として証明できるような展覧会の予定はありません。私はむしろ、アート市場に長期的な問題が出てくると思っています。ー不況の中で、人々がアートに2年ではなくても、次の2ヶ月間を費やしてもいいと思っているとは想像できません。援助パッケージには含まれていませんね。
-T. M.さん(男性、フリーランスのピアニスト、ノルトラインヴェストファーレン州)
“特にフリーランスのミュージシャンは、民間も含めてライブ付きのイベントが全て中止になったため、コロナ危機の影響で大変なことになっています。ですので、3月16日(月)にバイエルン州のセーダー首相が、特にフリーランスのアーティストに即時かつ非官僚的な支援を提供することを発表したのを聞いて喜んでいます。私の小さなコンサート代理店(従業員6名、うちパート2名)のために、すぐに正社員2名の短時間勤務のための申請をしました(3月17日)。その後、3月27日(金)までは、完全に記入した申請書に返事が来ませんでした。その後、私は27.03.にチェックして、再びすべてのものを送ったところ、今度は少なくとも「受信」の確認がありました。”
小企業(最大5人の従業員)に5000ユーロを支払われることは善意ではあるのでしょうが、ちょっとバカにしていると思います。それでは、家賃、車、給料を1ヶ月分だけ支払うことができ、それでなくなります。しかも、またもや長いチェックがあり、多くの申請用紙が送られてくるなど、大手自動車会社では絶対にありえないことです。文化産業やクリエイティブ産業が経済の重要な業界以上のものであるという事実にもかかわらずです。
私の知り合いのクリエイティブ業界(つまり音楽)出身者は全員応募していますが、誰もまだ何も受け取っていません。そして、私たちの銀行の顧問は、ドイツ復興金融公庫が提供する融資について私に教えてくれました - この融資制度は前からあるもので、条件が変わったわけではありませんでした。意味がありません。
結局のところ、この援助パッケージを担当した政治家の考え自体はいいと思うのですが、その実施を担当する役人は(ドイツではいつものように)官僚的なゴチャゴチャにしてしまう。
―Winniさん(男性、ベルリン、ミュージシャン/DJ/料理人/プレゼンター)
3月中旬から完全に無職になってしまいました。特に外出禁止が始まってからは、夏の終わり頃までミュージシャンとしての仕事を全てキャンセルしいました。年末までイベントが中止になるのではないかと思う/心配なので、次の月をどうやって運営していくか、すでに非常に悩んでいます。幸いなことにバイエルン政府は現時点で5000ユーロの即時援助を提供しており、私は3月18日に申請しました。私はまだお金を待っていますが、知人の中にはすでにお金を受け取っている人もいます。この政府の緊急援助は、私にお金を稼ぐための代替手段を探したり、自発的に別の仕事を探したりするための流動的な基盤を与えてくれます。また、支援クッションは、私たちクリエイティブな人たちが政府に見捨てられていないという安心感を与えてくれます。
現在、自分のクリエイティビティの主要部分をインターネットに移しているので、今後数週間の間にネット上で自分のバンドといくつかのギグをする予定だし、自分のフリーク-オンラインショー「PUPILLE」を撮影して公開し続けるつもりです。
-T. N.さん(男性、アーティスト、ノルトライン・ヴェストファーレン州)
州からの即時援助はKSK(アーティスト社会保障基金)への加入と連動しています。KSKにはプロのアーティストのみが参加できますので、プロのアーティストのみが援助の恩恵を受けることができます。助成金の上限は2000ユーロです。一つは、実際の料金の損失を証明しなければなりませんが、これは時に困難です。契約や契約がある人はそれを証明することができますが、展覧会がなくなったアーティストは、通常は契約や固定料金がないので、それを証明するのは難しいでしょう。州政府は、展示会をキャンセルした場合、一律300ユーロの料金を仮定することにしました。もちろん、料金等が解約されたことを証明するのは難しいですが、最初から明確なルールが適用されることが重要です。また、NRWはアーティストを信頼しているはずで、2000ユーロはそれほど大きな金額ではないし、たとえ5%の応募者が正しい情報を提供しなかったとしても、損失は小さいのですから...。一週間前に申し込んだのですが、まだ何の連絡もフィードバックもありません。「緊急支援」の「緊急」がどのような期間を意味するのか見てみましょう。
2020年5月9日
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