屋外彫刻洗浄保存処置
一貫校も含めた各キャンパスに設置されている屋外彫刻作品は、二年に一度の頻度で洗浄および保存処置を行なっている。今回は以下の通り18点の作品について実施した。そのうち16点の処置概要を簡略に記し、2点(10年ぶりに処置を行なった湘南藤沢キャンパスの《福澤諭吉胸像》および三田キャンパスのイサム・ノグチ《無》)について詳細を報告する。
保存修復作業記録
2020年5月7日 ブロンズスタジオ・黒川弘毅
*担当者:黒川弘毅、高嶋直人、荒木勝貴、高木謙造、キム・ソンテ
*修復期間:2020年1月27日〜3月6日
(1)《平和来》(三田キャンパス)
実施日:2020年1月27日
●作品
作者=朝倉文夫
作品=平和来
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・ワックス塗膜下でさびの形成が緩やかに進行している可能性がある。
・撥水性は良好に維持されていた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(2)《福澤諭吉胸像》(三田キャンパス)
実施日:2020年1月27日
●作品
作者=柴田佳石
作品=福澤諭吉胸像
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
撥水性は良好に維持されていた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(3)《青年》(三田キャンパス)
実施日:2020年1月27日
●作品
作者=菊池一雄
作品=青年
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・ワックス塗膜下でさびの形成が緩やかに進行している可能性がある。
・撥水性は良好に維持されていた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(4)《小山内薫胸像》(三田キャンパス)
実施日:2020年1月27日
●作品
作者=朝倉文夫
作品=小山内薫胸像
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・ワックス塗膜下でさびの形成が緩やかに進行している可能性がある。
・撥水性は良好に維持されていた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(5)《平沼亮三胸像》(日吉キャンパス)
実施日:2020年2月4日
●作品
作者=吉田三郎
作品=平沼亮三胸像
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・明度が高い乾色を呈する保護剤の劣化個所が斑状にみられ、撥水性の減退、喪失がみられた。鳥の排泄物が多量に付着していた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(6)《藤山雷太胸像》(日吉キャンパス)
実施日:2020年2月4日
●作品
作者=朝倉文夫
作品=藤山雷太胸像
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・明度が高い乾色を呈する保護剤の劣化個所が斑状にみられ、撥水性の減退、喪失がみられた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(7)《福澤諭吉胸像》(日吉キャンパス)
実施日:2020年2月4日
●作品
作者=山名常人
作品=福澤諭吉胸像
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・撥水性は良好に維持されていた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(8)《藤原銀次郎胸像》(矢上キャンパス)
実施日:2020年2月4日
●作品
作者=國方林蔵
作品=藤原銀次郎胸像
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・2006年頃に塗布されたと推定される塗料の劣化が緩やかに進行している。
・人工的で単調な着色が自然の古美観へ変化しつつある。
●作業内容
・洗浄だけを施し、保護剤のワックスを塗布しないこととし、非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
(9)《かたつむり》日吉普通部
実施日:2020年2月4日
●作品
作者=岩田健
作品=かたつむり
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・明度が高い乾色を呈する保護剤の劣化個所が斑状にみられ、撥水性の減退、喪失がみられた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(10)《今宮新胸像》中等部
実施日:2020年1月27日
●作品
作者=堀信二 制作年=1977年
作品=今宮新胸像
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・撥水性は良好に維持されていた。
・さびの色調に淡青色から緑色への変化がみられ、安定したさびの形成が進行している。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(11)《ユニコーン像Ⅰ》中等部
実施日:2020年1月27日
●作品
作者=不明 制作年=1924年頃
作品=ユニコーン像Ⅰ
材質・技法=セメント
●表面の状態
・骨材の顕著な脱落は観察されなかった。補修個所に施された充填材には喪失が認められる。2012年と比較して、各部の亀裂が目立ちだしている。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
(12)《ユニコーン像Ⅱ》中等部
実施日:2020年1月27日
●作品
作者=不明(復元=三浦大知) 制作年=1978年頃
作品=ユニコーン像Ⅱ
材質・技法=セメント
●表面の状態
・降水の影響を被る頭頂部、手足のなどの突出部に骨材の浮き上がり・脱落が見られる。
・顕著な亀裂は見られなかった。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
(13)《松永安左エ門胸像》志木高
実施日:2020年3月6日
●作品
作者=不詳 制作年=1944年
作品=松永安左エ門胸像
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・撥水性の減退がみられた。
・塗料の喪失が緩やかに進行し、淡青色のさびが顕著になりつつある。
・さびの色調に淡青色から緑色への変化がみられ、安定したさびの形成が進行している。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(14)《牧童》志木高
実施日:2020年3月6日
●作品
作者=峯孝
作品=牧童
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・撥水性は良好に維持されていた。
・さびの色調に淡青色から緑色への変化がみられ、安定したさびの形成が進行している。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(15)《ピーターパン》幼稚舎
実施日:2020年2月27日
●作品
作者=岩田健
作品=ピーターパン
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・淡青色を呈する保護剤の劣化個所が斑状が顕著となり、撥水性の減退、喪失がみられた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
(16)《渚の姉弟》幼稚舎
実施日:2020年2月27日
●作品
作者=岩田健
作品=渚の姉弟
材質・技法=ブロンズ
●表面の状態
・上面では淡青色の発錆が顕著となり、撥水性の減退、喪失がみられた。
・さびは堅牢な皮膜を形成しており、淡青色から緑色への変化が認められる。
・樹木の樹脂が付着していた。
●作業内容
・非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
・蜜蝋を全体に塗布し、輪郭にメリハリが出るように光沢を調整した。
【以下、詳細報告】
(17)《福澤諭吉胸像》(湘南藤沢キャンパス)
実施日:2020年2月5日
●作品
作者=山名常人
作品=福澤諭吉胸像
材質・技法=ブロンズ
●処置前の状態
・2010年12月にワックスを施して以後、補修は行われていない。
・オリジナル塗料の喪失と自然の発錆が進行している。表面凹部には濃緑色の塗料が残留している。
・ワックス保護剤が劣化し、明度の高い乾色が優勢となっている。ワックスが残る潤色部分と乾色のコントラストが顕著となっている。
*鳥の排泄物 なし。
*人為的キズ・落書きの個所 なし。
*ピンホール(鬆)・穴・亀裂など なし。
*内部からの噴出・析出物 なし。
*破損・欠失個所 なし。
*その他の異常 なし。
*変形個所 なし。
*固定状態 良好。
●作業の基本方針
・潤色個所のワックスを除去して乾色とのコントラストを弱め、乾色の色調を強める。保護剤の劣化を放置して自然の発錆を促す。
●作業内容
・リグロインで表面のワックスを除去し、非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
●作業結果
・ワックスを払拭することはできなかったが潤色が弱まり、作品の印象が改善した。
●保存上の留意事項
・保護剤のワックスを塗布せず、自然のさびの出現を促す。
(18)《無》(三田キャンパス)
実施日:2020年2月27日
●作品
作者=イサム・ノグチ
作品=無
材質・技法=安山岩
●過去の経緯について
平成11年9月、三田第二研究室(旧ノグチ・ルーム)前庭に設置されていた本作品について、最初の保存調査が実施された。平成15年7月、作品を撤去しブロンズスタジオ瑞穂工房に移送した。平成16年、X線撮影と画像解析による内部構造調査を行い、同年9月までに表面の状態について詳細に調査し写真記録が作成された。また保存の処方提案をイサム・ノグチ日本財団が11月に承認し、作業が翌年3月にかけて実施された。
この時、表面に施された処置の概要は以下の通りである。全体にシラン溶液─有効シリカ分28%の28%のメチルトリエトキシシラン半重合体のトルエン・メタノール混合溶媒溶液(商品名:SS-101、コルコート(株)製、触媒C4%添加)を、刷毛を用いて含浸させた。表層剥離個所へは注射器を用いて低粘度エポキシ樹脂を注入した。
(平成11年、平成15年、平成17年提出の記録書類参照)
●作業の基本方針
・表面状態を観察し、表層浮き上がり個所の変化と新たな損傷の有無を調査する。洗浄し、表面に発生している藍藻類を除去する。
●作業前の状態
表面の状態
・降水の流水路に沿って、黒味を帯びた沈着物が条痕状の縞模様を形成している。
・褐色や緑色の藍藻類がみられた。藍藻類は日照から陰側となる部位に多く発生し、流水路に顕著である。
・表層浮き上がり個所をチェックし、2017年3月及び2014年3月の記録写真と比較・対照した。
・剥離部分と表層浮き上がり部分の拡大と新たな剥離個所が認められた。
・修復後に生じたと推定される表層の浮き上がり個所は、既存のものの周辺や新たな個所で再発し、緩やかに増大していることが確認できた。それらはエポキシ樹脂の注入個所と注入しなかった個所の両方に生じている。
・日照による表層の膨張・収縮のほか、2017年3月の観察記録で記したように、浮き上がり個所間隙での水の挙動がこれを促進している可能性が高い。
・表層浮き上がり個所に充填したエポキシ樹脂には黄変がみられるが、概ね堅牢に保たれている。
*鳥の排泄物 なし。
*人為的キズ・落書きの個所 なし。
*破損・欠失個所 なし。
*その他の異常 顕著なものは認められない。
*固定状態 良好。
●作業内容
・洗浄作業は、非イオン系洗剤を用いて洗浄した。
●作業結果
・洗浄により、褐色や緑色の藍藻類は除去され、降水の流水路の条痕も目立たなくなった。
●保存上の留意事項
今回の表面観察で、表層剥落個所の増加・拡大、浮き上がり個所の拡大が認められた。今後、これらの加速度的な拡大・増加と剥落が予想される。屋内保存を真剣に検討する必要がある。表層の剥落防止にエポキシ樹脂注入という対処療法を施しても根本的な解決にはならず、石材内部の水分移動を阻害する層を形成して逆効果を招きかねない。表層の剥離は次のように説明される。制作時の工具のアクションは、安山岩の組織を圧縮して(表面に圧縮応力による横
歪みを生じさせて)肌を形成したが、その内側では衝撃応力により多孔質の組織が脆化したと考えられる。水分が内側組織を物理的・化学的にさらに劣化させたことで、肌の剥離が生じていると推定される。平成16 年度の処置では過度なエポキシ樹脂注入を行わない方針をとった。含浸処理で用いられたシラン樹脂は石材内
部の水分挙動を考慮して選ばれている。(「石材への樹脂含浸効果と石の含水率との関係」西浦忠輝『石造文化財の保存と修復』1985)
写真は左から
(17)福澤諭吉胸像(湘南藤沢キャンパス)
図1 作業前
図2 ワックス除去
図3 洗浄
図4 作業後(部分)
(18)《無》三田キャンパス
図1 作業前全景
図2 表面状態01
図3 表面状態02
図4 洗浄、藍藻類の除去
図5 要注意箇所をマーク
図6 作業後全景
Date
2020年1月27日〜3月6日
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