藤城清治《光陰の中の巣立つ仔馬たち》修復
影絵作家・藤城清治(塾員、1947年経済学部卒)が制作したこの作品は、2008年1月29日に幼稚舎の玄関脇壁面に設置された。「けやきの葉の1枚1枚に生命力が宿るように切り抜いていった。幼稚舎の子どもたちに、夢と希望を感じてほしい」と当時、藤城はその思いを語っている。設置されてから10年以上が経過し、画面には紙の浮き上がりや膨らみが見られ、加えて画面の後背面に設置されている電灯の取り替え工事も見据えて、昨年度、状態調査を行った(『慶應義塾大学アート・センター年報/紀要 26 2018/2019』にて報告)。
状態調査の報告を受けて、本年度は作品部分の修復および背面の電灯交換工事を行った。
●作品
作者=藤城清治
作品=光陰の中の巣立つ仔馬たち
制作年=2008(平成20)年
材質・技法=紙、セロファン紙、マスキングテープ、アクリル絵具
(背景:218 Lee FILTERS E.I. CHTH CTB 照明ブルーライトジェルフィルターシート)
支持体=アクリル樹脂板
寸法=2,700 × 2,400 mm ガラス寸法:2,700 × 2,400 × 8.5 mm
修復記録
2019年10月7日
修復研究所21 所長 渡邉郁夫
*担当者:宮﨑安章、有村麻里
*作業日:2019年7月30日、8月1、5〜9日および19、20、26日
●状態報告(ガラス取り外し前)
・作品は紙、セロファンを切り抜き、接着剤、テープで接いで影絵の原型を制作し、乳白板に固定されている。裏面側にライトが設置され、点灯する仕様となっている。
・画面側は保護として壁面にアクリル板がはめ込まれ、ケース状におさめられている。アクリル板はややたわみがあり、画面に接触していたと見られる箇所もある。
・上辺中央、仔馬の目の彩色部分はアクリル板側に絵具がわずかに付着している。
・切り抜いた紙やセロファンを接いで接着した部分の接着力が劣化し、はずれて捲れている部分が広範囲に点在している。
・下辺の縁に仔馬の足部分が落ちている。
・1cm弱の破れが数カ所に見られる。
・背景に貼付されているフィルターシートは所々に空気が入り、浮き上がった状態で膨らみが帯状に多方向に延びている。
・裏面側から照射されるライトの熱でアクリル板やケース内の温度が上昇することも損傷の要因の一つである可能性が高い。
●修復工程
【修復前作業-背面電灯交換および修復作業用仮設小屋設置】
本作品は幼稚舎本館入り口脇に設置されている。そのため児童や教職員の利用が少ない夏休み期間の実施とした。また作業期間中の入館者に対しての安全性とガラスの保管を考慮し仮囲いの作業小屋を設置した。作業小屋は3,410 × 2,347 × 3,220 mm(W × D × H)の大きさで、半屋外であることから熱中症対策のため送風用の穴等も設置した。
・仮設作業小屋と、照明の蛍光灯からLED灯への交換をHIGURE17-15cas(株)が2019年7月30〜31日に行った。
・影絵表面保護のガラス取り外し、設置作業を足立硝子(株)が2019年8月1日に行った。
・安全性を考慮し硝子は保管用の台車に乗せた状態で小屋内に保管された。
・作品はガラスで押さえた状態で保管されていたため、アクリル製のブロック(50 × 20 × 10 mm)をガラス板を固定していた既存のボルトを使用して固定した。
【本体修復過程】
(ガラス取り外し後に判明した点)
・ガラスの内側(作品と接していた面)は作品の形状に合った形で汚れの付着がある。
・製作の接着剤等の残留溶剤も塵埃やムラを作るのに影響を与えたとも考えられる。
・アクリル板の上にフィルムやいろいろな種類の紙を重ねて貼り込み色の濃淡を表現しており、紙は作家自身が彩色したり、既存のものを使って製作されている。
・文字の書かれている古い和紙やグラシン紙が主に使われているようで、接着剤の経年劣化により浮き上がりや剥離、剥落している箇所が観察出来る。グラシン紙を使っている箇所の浮き上がりや剥離、剥落が目立つ。
・空に用いられているフィルムの多くが裏面側から彩色されており、筆や刷毛の塗りむらなどが観られない事からスプレーなどを使って均一に噴霧されたと考える。
・左側の校舎の空に貼られていたフィルムと右下子馬の足の一部のが剥落している。また空部のフィルムは浮き上がりが多数ある。空の子馬の羽部は切り抜かれ、その箇所は製作段階から接着されていないようで隙間がある。
・グラシン紙は細かく波打ったように凹凸状に変形している。特に地面を表現している箇所は非常に多く観察出来る。原因としては彩色する際に水彩絵具を使用し、絵具の水分によって紙が伸縮してしまったと考えられる。
(修復作業)
・表面の汚れを毛ハタキや柔らかい刷毛で清掃した。
・紙の浮き上がり箇所に面相筆でCMC(カルボキシメチルロース)を注入し、ポリプロピレン紙を緩衝材として用い、紙を押さえて接着を行った。
・CMCの接着力は弱いため、厚みのある箇所やフィルムに接着する箇所はgudy831両面テープを用いて接着を行った。
・フィルムの浮き上がり箇所は温風機で加湿したのち、シリコンシートで押さえ膨らんだ変形を修正した。
・空を舞う子馬の羽根部は切り抜かれたフィルム幅が狭く熱による変形と旧接着箇所が剥離する危険があったため温風機を使用せず両面テープで固定した。
・フィルムはペーパーセメントを準備したが、裏面から塗布した接着剤の厚みが均等にならず、転倒するとムラになってしまうことから、接着剤を取り除きgudy831両面テープで再接着を行った。
【作業小屋撤去および本体ガラス板の再設置】
・古屋の撤去をHIGURE17-15cas(株)により8月26日に行った。
・撤去後、表面保護のガラス板を足立硝子(株)により行った。その際、ガラス表裏の清掃を行なった。硝子は約140kgの重量であり総勢7名での作業となった。
●今後の課題
・今回処置でLED灯への交換をしたので作品裏の温度上昇は以前より抑えることができるものの、長時間点灯する場合には用務員室の出入り口を開放しサーキュレーターや扇風機での換気を行うことを推奨する。
・作品が貼られている支持体はアクリル板のため温度変化による伸縮がある。貼られている紙類との伸縮度に差があるため、換気が重要と考える。
・グラシン紙を用い何十枚と重ね貼りをしている箇所もあるため、経年劣化により繊維が脆弱になり崩れていく可能性が高く、今後は作品を手がけている藤城スタジオにも材料について聞き取り調査をし、意見交換するなどして将来的な修復方法についての検討が必要である。
写真は左から
図1 修復前 全体
図2 仮設小屋設置
図3 修復中 紙部の剥がれ、浮き上がり
図4 修復中 シートの浮き上がり
図5 ガラス板取り付け
図6 修復後 全体
Date
2019年10月7日
What's on
- SHOW-CASE PROJECT Extra-1 Motohiro Tomii: The Presence of Objects and Matters
- Introduction to Art Archive XXVII: Correspondence-Poetry or Letters and Affects—Shuzo Takiguchi and Shusaku Arakawa/Madeline Gins
- Correspondences and Hyōryūshi [Drifting-poetry]
- ラーニング・ワークショップ「放送博物館」で考えるーアナログ技術のこれまで・これから
- Ambarvalia XIV: Junzaburo and the Fukuiku: A Fresh Look at Modernism and Its Impact
- The 39th Anniversary of Hijikata Tatsumi’s Death: Talking together about Hijikata Tatsumi