成田常吉撮影、江木支店福山館製《福澤諭吉肖像》の修復
本作品は、上記《ペリー提督首里城より帰還の図(1853年)》等と同じく、長らくメディア・センターの所管下にありながらその存在を知られることが希であった一群の美術品・資料類のうちの1点であり、活用のためには保存修復処置が必要であった。本作品は、水濡れや斑状のしみが散在し、台紙の劣化が著しく、アート・センターを通じて専門家に依頼し、修復保存処置を施した。
保存修復作業記録
2017年3月25日 修復研究所21・渡邉郁夫/担当者 田中智惠子
作品
作者=成田常吉(撮影)
作品=福澤諭吉肖像
制作年=不詳(明治24年頃)
材質・技法=写真、鶏卵紙
寸法=363.0×267.0mm
額寸法=679.0×538.0×40.0mm
額素材=木、石膏、金箔
作品概要
写真は、現行一万円札の肖像を作成するのに最も参考にされた写真であり、撮影後間もない鶏卵紙のプリントとして貴重である。本写真の台紙の裏面には、「福澤先生肖像其数甚尠からずと虽此写真は最もよく先生の風格を表現せるものにして筋肉の緊張實に眞に逼れり先生自らも生前最も此寫真を好まれしとの事より故に是は凡ての先生肖像中最も標準的のものとして本館に永く保存すへきものなり 大正六年二月十二日 田中一貞誌」と墨書されている。田中一貞(1872~1921)は、イエール大学で社会学を学び、慶應義塾教授をつとめた人物で、義塾の運営にも深く関わり、明治三十八年から大正十年まで図書館主任、監督(館長)を務めた。
写真台紙には、「福山館写真/成田常吉製/江木支店/東京新橋丸屋町三番地」とある。江木支店福山館は、江木保男、松四郎兄弟によって開設された写真館である。江木松四郎は、保男のすすめでサンフランシスコに渡り写真術を研究し、帰国後、保男は、松四郎を写真師として、明治十七年に神田区淡路町に江木写真店を開設した。続いて明治二十四年、京橋区丸屋町に六層の塔を持つ支店を新築した。この六層の支店は「福山館」と称された。写真師の成田常吉は、横山松三郎から写真術を学び、明治二十四年に江木写真店に入り十七年間勤務し、同四十一年に日比谷公園幸門内(現在の内幸町)に成田写真館を開店した。本写真は、明治二十四年支店の開業間もなくの撮影と推測される。江木写真店は慶應義塾と関係が深く、『慶應義塾校舎一覧』(慶應義塾図書館所蔵、7X@A10@1)も作成している。
[文献]『江木・五十嵐写真店百年の歩み』江木・五十嵐写真店百年の歩み刊行委員会編、五十嵐写真店発行、1985年。
【作業前の状態・表面の状態】
・写真:本紙は台紙にベタ貼りされている。周縁部が台紙より剥がれ、上辺・下辺に波打が生じている。左辺部に2箇所小さな破れがある。その内1箇所には旧処置により接着されているがやや位置にズレがある。左辺近くに、天地方向に液体の流れた跡があり、斑状のしみが散在している。
・台紙:厚さ3mmの厚紙を使用している。全体に経年による劣化が進行している。上辺・下辺・左辺部に波打や表層の浮き上がりが生じている。左辺附近に天地方向の冠水による染みがある。この冠水部分と周縁部には厚紙の層間剥離が進行している。右上部分の層間の固着状態は比較的良好である。台紙の下辺左右の角に折れ跡があり、左下角は三角形に破損している。裏面には裏書きがあり、全体に褐色化し、埃汚れの付着がある。左右方向に2本の線状の汚れがある。
・額縁:石膏の浮き上がり、剥落、亀裂がある。裏板が外れている。裏板には墨書がある。
【作業後の所見】
1.写真撮影:修復前の作品の状態をデジタルカメラで撮影記録した。
2.調査:修復前の作品の状態を調査書に記録した。
3.修復方針の検討:作品の調査を行った後、必要な処置・使用する材料を検討した。
4.乾式洗浄:ケミカルスポンジと練りゴムを使用して、表面の埃汚れを除去した。
5.支持体破損部・剥離部の接着:台紙からの写真の剥離箇所、台紙の破損箇所、台紙の層間剥離箇所を接着した。接着剤は正麩糊とチョウザメ膠4%水溶液を混合したものを使用した。台紙の表層に破損が無く、層間剝離が生じている場合は、目立たない箇所を選んでメスで切開して接着剤を注入した。しかし台紙の劣化は進んでおり、剥離箇所を接着すると他の部分が剥離し始める状態であった。ある程度表層付近の層間剥離が収まった段階で、台紙内部の層間剥離箇所は接着を断念し、その後は切開せずにチョウザメ膠4%水溶液にイソプロピルアルコールを滴下した溶液を用いて表層の接着強化を行った。
6.写真撮影(修復後):修復後の作品の状態をデジタルカメラで撮影記録した。
7.マット装:両面型のウィンドーマットを新調し、作品を収めた。
8.保存箱新調:マット装をした作品を収めるための中性紙保存箱を新調し、タブ・ポートフォリオ型の内箱がシェル型の外箱に収まる形にした。
9.額修理:継ぎ目側面に膠水(1:3)を塗布した後にベルトクランプで固定して接着を行った。石膏のモールディングの浮き上がり箇所は膠水(1:5)を塗布し、重しを乗せて固定した。裏板は外れていた板の継ぎ目に膠水(1:3)を塗布した後にハタガネで挟み固定し接着した。額縁のアーカイバルボード製の保存箱を新調した。
10.報告書作成:撮影記録と共に報告書を作成した。
【修復後の所見】
台紙の経年劣化は進んでおり、層間剝離が広範囲に広がっている。一方右上部など層間の固着状態が比較的安定した部分もあり、本紙を台紙から取り外すべきか否か判断に苦しむ点であったが、今回は外さずに現状維持に努めた。より緩慢な劣化進行となるように、中性紙保存箱を作り、保存環境を整備した。
写真は左から
写真1:福澤写真全図(修復後)
写真2:福澤写真(修復前・部分)
写真3:福澤裏面(修復後)
写真4:台紙の様子
Date
2016年7月~2017年3月
- 旧ノグチ・ルーム(萬來舎)の保存修復処置
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