慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

《カンテラ行列》の修復

 本作品は上記《長崎旧繪圖》同様、長らくメディア・センターの所管下にありながらその存在を知られることが希であった一群の美術品・資料類のうちの1点であり、同様の保存状態であった。この作品も2013年秋の調査を経て、保存活用を促すべく修復活用の検討がなされた。特に埃による汚損が激しく、カンヴァスと枠に棄損はみられなかったものの、額は棄損の激しい状態であった。そのため、アート・センターを通じて専門家に依頼し、修復保存処置を施した。
 ブリキ缶に灯油を入れて、綿糸を芯としてそれに火を付ける携帯用の灯火「カンテラ」を竹や棒の先に付けて松明のように掲げもって市内を行進して歩くのを「カンテラ行列」と言った。1894年日清戦争の旅順口陥落を受けて慶應義塾が祝賀の催しとして提灯行列等に対抗する新しい趣向のものとして企画し、大学部から幼稚舎までの塾生が三田山上から皇居に至り、三田に帰着し、沿道は見物人で埋まりその模様を絵入りで報じた雑誌もあったという。その後、慶應義塾独自の祝賀行事として昭和初期にかけて行われ、都内では呼び物となるような行事であったという。正にこの作品はそのような行列の姿を描きだしているが、画中・裏面ともに署名年記ともなく、制作者や制作年はにわかには判別しない。しかし、年代等については、歴史的な経緯を研究することにより、今解明できる可能性があるだろう。
[文献]「カンテラ行列」『慶應義塾史事典』慶應義塾、2008年431頁。



保存修復作業記録

2015年3月29日 修復研究所21・富山恵介

作品

作者=不詳
作品=カンテラ行列
制作年=不詳
材質・技法=油絵具、カンヴァス
寸法=66.6 × 85.0 × 3.0cm(厚み)


【作業前の状態・表面の状態】

・ワニス層:画面全体に筆で塗布されている。光沢にむらがあり、カビにより艶引きしている部分も見られる。また黄化が著しく、オリジナルの色調の妨げとなっている。
・絵具層:絵具は全体的に薄塗りで、明るい部分に厚塗りが見られる。画面全体に黴が生じており埃やごみも付着している。絵具に艶が無く、白く濁った様な状態である。また、画面中央や四辺には絵具層の剥落が確認できる。四辺には額縁当たりが生じており、額で隠れていた部分は全体の色調よりも暗く変色している。
・地塗り層:白色の地塗りが施されている。
・支持体:右下角部、右上辺に支持体の変形が生じている。 支持体裏面はゴミや埃で覆われており、全体に黴跡が見られる。下部の支持体と木枠の隙間にゴミや埃、コンクリートの破片が溜まり、画面側に支持体変形として現れている。左部の広範囲に水性の染み跡が確認できる。


【作業内容】

1. 写真撮影:修復前の状態をデジタル撮影した。(通常光、紫外線蛍光、赤外線)
2. 調査:修復前の状態を調査した。
3. 浮き上がり接着:絵具層の浮き上がりを、膠水で接着した。固着強化のため亀裂部分にも、膠水を注入した。
4. 裏面清掃、殺菌:支持体裏面を清掃後、エタノール水で殺菌した。
5. 耳補強、仮張り:耳補強のため支持体裏面周囲に新しく、亜麻布をBEVA371で接着した。耳補強後、仮枠に張り込んだ。
6. 画面洗浄、ワニス軽減除去:画面の汚れを、純水で洗浄した。黄化したワニスをエタノールで軽減的に除去した。
7. 変形修正:支持体の変形を、加湿・加温・加圧により修正した。
8. 張り直し:耳補強した作品を、仮枠に張り込んだ。
9. 充填整形:絵具層剥落箇所に、充填剤(ボローニャ石膏+膠水)を充填後、周囲のマチエールに合わせ整形した。 
10. 画面防黴:画面に、チアベンダゾール(TBZ)を主剤とした防黴剤入りワニスを塗布
  した。
11. 補彩:充填整形部分や絵具の剥落部分を修復用樹脂絵具で補彩した。 
12. ワニス塗布:画面に、ダンマル樹脂ワニスを噴霧した。
13. 額縁浮き上がり接着:額縁の損傷部分に膠水を注し、加温加圧して接着した。
14. 額縁洗浄、殺菌:額縁を清掃後、エタノール水で殺菌した。
15. 額縁充填整形:額縁の装飾部剥落箇所に、充填剤(ボローニャ石膏+膠水)を充填後、周囲のマチエールに合わせ整形した。また、装飾部が大きく欠損した部分には、別部分から型取りし樹脂で複製したパーツを接着した。
16. 額縁補彩:額縁充填整形部分をアクリル絵具で補彩した。
17. 額縁調整、額装:額縁のよじれを修正し、作品設置部の木材を新調し高さ調整した。T字金具で作品と額縁を固定し、裏面に、裏蓋(ポリカーボネート板)を設置した。
18. 修復後写真撮影:修復後の状態をデジタル撮影した。

【修復後の所見】

 ワニス層の黄化により、オリジナルの絵具の色調が損なわれていた。ワニス層を除去するには、有機溶剤を使用するため少なからず、作品にストレスを与えることになる。作品の劣化度合いを考慮し、ワニスの全体除去ではなく、黄化の目立つ部分を軽減的に除去した。変色したワニスを除去したことにより、オリジナルの色調に近づき、作品の美観を取り戻すことができた。
 作品は画面、裏面ともに汚れが著しかった。木枠と支持体の隙間には大量のゴミや埃が溜まり、支持体変形をおよぼしていた。本修復で木枠から作品をはずし、清掃を念入りに行い、変形修正したことで作品は平面性をとりもどすことができた。
 作品はチョーキングにより白濁化し、絵具の艶引きがまだらな状態であった。ワニス塗布により、画面全体の光沢が均一になり鑑賞しやすい状態となった。
 額縁は土台となる地塗りの性が抜け、触れただけでも剥がれ落ちるほど劣化していた。また大半の装飾が欠損していた。性の抜けた地塗りに接着剤を含浸させ、固着を強化させ、欠損した装飾部分に型取りしたパーツを接着し補うことで、額縁として使用するに耐えうる状態に改善された。

写真は左から
写真1:修復前(表)
写真2:修復後(表・額付)
写真3:修復前(裏)
写真4:修復後(裏・額付)
写真5:浮き上がり接着
写真6:修復中 装飾部分の型取り、複製
写真7:修復中 額装飾の欠損部分

Date

2015/3/29


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