西脇順三郎《作品》の修復
詩人、英文学者である西脇順三郎は絵画制作も行っており、展覧会でも展示されてきた(「永遠の旅人 西脇順三郎:詩・絵画・その周辺」展 (新潟市美術館、1989年)「馥郁たる火夫ヨ——生誕100年 西脇順三郎 その詩と絵画」展 (神奈川近代文学館・神奈川県立近代美術館、1994年)など)。西脇記念室をもつ小千谷市立図書館では常設展示もなされている。しかし、西脇本人は、自分の絵画制作はあくまでも素人のものであるという姿勢を最後までくずさなかった。油彩画だけでなく、山水画も手がけ、本格的に取り組む作品の他にも色紙等に知人の似顔絵などをよく描いている。本作品は、画布に描かれてはいるが、線描の素早いタッチで描かれ、後者に属する類の作品と考えることができよう。2003年に佐谷画廊で開催された「第24回オマージュ瀧口修造展 西脇順三郎と瀧口修造」に出品された作品である。今回、寄贈を受けて収蔵するにあたり、絵具部分の剥落などが既にあり、修復処置を施さずに収蔵保管することが困難な状態であった。そのため、アート・センターを通じて専門家に依頼し、修復処置を施した。
〔文献〕『第24回オマージュ瀧口修造展 西脇順三郎と瀧口修造』佐谷画廊、2003年
保存修復作業記録
2013年5月7日 修復研究所21・有村麻里
作品
作者=西脇順三郎
作品名=作品
制作年=1960年代?
材質・技法=水性絵具、カンヴァス
寸法=117×91.5 cm
【処置前の状態】
本作品は白色の画面に人物と動植物が線描きされている。詩人、文学者として活躍しながらも水墨画などを自ら描いた西脇が、一般的には油彩画に使われるキャンバスを使用して制作された作品である。
ワニス層はなし。絵具層については、人物の描画部は墨絵のように黒色絵具で薄塗りで描いており、特に問題はない。紫色を帯びた絵具を使用した描画部はほとんどに亀裂が生じ、三分の一が剥落している。特に厚みのある部分は剥落部分の断面を観察すると、紫を呈した層の下に鮮やかな朱色が確認される。やや粉末状になり、チョーキングを生じている。格子状の亀裂周縁は皿状に捲れ上がっている。
白色の地塗りが施された船岡社製の既製キャンバスを使用している。上辺部は取り扱いの際に素手で触られることが多かったためか、やや黒ずみが目立つ。左下部は液体が垂れた痕があり、それに伴い、地塗りが剥がれて生地が見えている。擦れなのか表現なのか判断しにくい部分が人物の輪郭周縁に見られる。画面・裏面ともに全体に埃が付着している。画布の張りがかなり緩んでいる。画布をとめている釘はほとんどに錆が生じているが、強度に問題はない。
木枠に損傷はないが、華奢である。
アルミフレームに垂木を押さえとして作品が収められている。裏蓋なし。
【修復処置事項】
1. 写真撮影(修復前)
2. 調査
3. 修復方針の検討
4. 固着強化
5. 裏面清掃・殺菌
6. 画面洗浄
7. 耳補強
8. 張り調整
9. 裏蓋取り付け
10. 補彩
11. 額装
12. 写真撮影
13. 報告書作成
【修復処置内容】
1. 修復前の作品の状態をデジタルカメラで撮影記録を行った。
2. 修復前の作品の状態を調査書に記録した。
3. 作品の調査を行った後、必要な処置・使用する材料を検討した。
4. 描画部の絵具層に膠水溶液(5%)を浸透させた後、亀裂・剥落部周縁に膠水(7%)を細筆で差し入れ、固着を強化した。
5. 画布裏面・木枠に付着・堆積していた砂埃等を伝記クリーナーを調節して吸引した後、殺菌を兼ねてエタノール水を含ませたウエスで清掃した。
6. 画面に付着した汚れはケミカルスポンジを使用した乾式洗浄を行い、手垢などの油脂汚れは希アンモニア水溶液(0.3%)を綿棒に含ませ、目立たなくなる程度に洗浄を行った。
7. 画布が木枠に張り込まれた状態を保ったまま、帯状に裁った麻布の長辺部の一辺の織りをほぐしたものを側面の画布と木枠との間に差し入れ、BEVA371フィルムシートを接着剤として画布に接着し、耳補強とした。
8. 画布を止めている釘を画鋲と交換し、釘に生じている錆を除去した。錆び止めとしてパラロイドB72でコーティングし、画布と触れる部分に緩衝剤として和紙片を挟むようにして画鋲でとめた部分へ戻した。その際、バランスを見て画布の張りを調整した。釘と釘の間隔が広い箇所は小鋲を使用した。
9. ポリカーボネート板(6mm厚)を木枠裏面に固定した。側面部の布を織り込み、木ネジでとめた。
10. 水彩絵具と顔料を練り合わせ、地塗り層の欠損部に補彩を施した。
11. 作品を額に収め、T字金具で固定した。
12. 修復後の作品の状態をデジタルカメラで撮影記録した。
13. 修復作業の撮影記録等とともに、状態調査、修復内容を含めた報告書を作成した。
【修復後の所見】
- 全体の汚れが緩和され、補彩を行ったことで作品として観賞しやすい状態となった。
- 絵具層は水彩絵具を使用し、かなり脆弱であったため、接着の際に加圧することは行わず、固着強化を目的とした作業を行った。
- 画布の緩みにより、振動が伝わりやすい状態でもあったが、張りの調整と裏蓋としてポリカーボネート板を固定したことで、絵具層に対して安全な状態を与えられた。また、やや華奢である木枠の補強も兼ねた構造になり、埃などの付着や温湿度変化に対する保存面での安定性をも備えることが出来た。
- 剥落部分に対し、充填・補彩を行うことも可能ではあるが、広範囲に渡るため、今回は現状のままで構造上の安定を主にした作業を行った。
写真は左から
写真1:修復前
写真2:修復後
Date
2013年1月7日〜2013年3月
What's on
- SHOW-CASE PROJECT Extra-1 Motohiro Tomii: The Presence of Objects and Matters
- Introduction to Art Archive XXVII: Correspondence-Poetry or Letters and Affects—Shuzo Takiguchi and Shusaku Arakawa/Madeline Gins
- Correspondences and Hyōryūshi [Drifting-poetry]
- ラーニング・ワークショップ「放送博物館」で考えるーアナログ技術のこれまで・これから
- Ambarvalia XIV: Junzaburo and the Fukuiku: A Fresh Look at Modernism and Its Impact
- The 39th Anniversary of Hijikata Tatsumi’s Death: Talking together about Hijikata Tatsumi