高島野十郎《海の風景》の修復
信濃町メディア・センター所蔵の本作品は、長らく医学部図書館内で掲出されていたものである。
2008 年にテレビ番組のために調査が行われたが、ヤニ等により画面一面が黄色化しており、撮影上の見栄えが良くないことから、番組での採用が見送られた。これを受けて信濃町メディア・センターより、作品の保存・修復処置の依頼が寄せられ、処置を施した。
高島野十郎は 1890 年に福岡県久留米市に生まれ、1975 年に千葉県野田市で没した。独学で絵画を学び、画壇とも交わらず、求道的ともいえる写実の追求で知られる画家である。生前に評価されることなく、その存在は知られていなかったが、1980 年福岡県文化会館(現・福岡県立美術館)において開催された「近代洋画と福岡県」展に《すいれんの池》(福岡県立美術館蔵)が展示され、同館学芸員西本匡伸が着目して調査し、1986 年初回顧展「写実にかけた孤独の画境 高島野十郎展」(福岡県立美術館)が開催され、注目を集めるようになった。
本作品受入の経緯は定かではなく、「慶医貴台第 76 番」のラベルが付されているが、これは台帳に受け入れられた1981 年のもので、それ以前から長く医学部図書館内にあったことが知られている。元は図書館内医史学教授室に掛けてあったと言われる。
本作品については、2008 年 7 月 10 日に上記テレビ撮影の可能性を求めて、西本匡伸氏(福岡県教育庁教育企画部社会教育課学芸員)の依頼により大久保伊織氏(東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学保存修復油画研究室修士課程修了)が調査を行っている。それを受けて西本氏が作成した報告に記載されている解題および来歴に関する考察をここに掲載して、作品の詳細としたい。
西本匡伸作成「作品報告書」(2008 年 7 月 16 日)による 解題: 取材地は、野十郎が海岸風景を描くにあたって好んだ写生地である千葉県房総半島太平洋沿岸部と思われる。 同様の海岸風景を、野十郎は、画業初期にあたる大正末から昭和初期頃にはすでに描いており、晩年まで繰り返し描き続けている。 本作は、一連の海岸風景で現存が確認されている中ではもっとも大きく、昭和 16 年あるいは 18 年の個展で発表された可能性も考えられる。[来歴に関する考察] 来歴に関して伝来する資料はないが、これまでの野十郎調査から次のような経路が想定される。 野十郎の兄・三郎は東京帝大造船学科で山本長方に学び、山本の縁者と結婚するほどに将来を見込まれた人であった(三郎は、山本がかつて勤めていた三菱造船に奉職する)。山本の子息・山本郁夫は東京大学医科学研究所所長や杏林大学学長を務め、野十郎とも非常に懇意で、同研究所や同大学にも野十郎の作品を招来させている。この山本郁夫の斡旋が関与して、慶應義塾大学医学部に招来したのではないかと推定される。
保存修復作業記録
2010 年 7 月 27 日 修復研究所 21・宮崎安章
作品
- 作者=高島 野十郎
- 作品名=海の風景
- 制作年= 1939 年(昭和 14 年 5 月)
- 材質・技法=油彩、カンヴァス
- 寸法= 53.0 × 72.7cm
- 署名等=画面右下「y.Takashima」、カンヴァス裏面左側「高島野十郎/昭和十四年五月」、厚紙裏蓋左側「高島野十郎/昭和十四年五月
【修復処置前の状態】
・ワニス層は薄く全面に塗布されており、黄化している。
・絵具層は画面周囲と岩が描かれている下辺部に剥落がある。虫糞が数箇所付着している。
・額縁入子の石膏が画面周囲に付着している。画面の周囲に4 箇所穴かある。
・画面全体が汚れている。描画用の乾性油が黄化している。
・支持体は市販のキャンバスで繊維は亜麻である。
・裏面保護のための厚紙が鉄釘で止められており、周囲はクラフトテープが貼られている。左側に墨書で昭和十四年五月高島野十郎と書かれている。
・裏蓋を取り外して観察したところ、木枠は杉材。員数 5 本の留め接ぎ構造で中桟は 1 本である。
・キャンバスに裏書があり、左側に茶色の油絵具で昭和十四年五月高島野十郎と書かれている。
【修復処置内容】
1.修復前、中、後をデジタルカメラで撮影した。
2.修復前の作品の状態を調査した。
3.ノルマルヘキサンとキシレンを使い、粘着テープを除去した。
4.掃除機を使い、埃や塵を吸い取り清掃した。
5.エタノールを使い殺菌・防黴を行った。
6.溶剤型アクリル樹脂絵具を使い補彩した。
7.破損箇所をエポキシ樹脂接着剤で固定した。
8.裏蓋(ポリカーボネイト板)を取り付けた
*修復報告書の最後に「今後の作品の取り扱いの注意」を付記して、日常のケアについての指導としている。
写真は左から
写真1:修復前
写真2:修復後
Date
2009 年~ 2010 年 7 月
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