朝倉文夫《藤山雷太胸像》の着色補整・保存処置
日吉キャンパス藤山記念館(旧藤山記念図書館)前の植栽に設置されている本作品は、福澤諭吉の下で学んだ後、明治・大正・昭和の実業界で活躍し、藤山コンツェルンを築いた藤山雷太(1863-1938)の胸像である。白金にあった藤山工業図書館は雷太の死後、子息で塾員の藤山愛一郎から慶應義塾に寄贈されたが、その後、諸事情から売却され、その費用をもって1958年創立100年記念の事業の一環として藤山記念図書館が建設され、この胸像もその折りに設置された。胸像の台座には「藤原工業図書館由来記」と題するブロンズの銘板が取り付けられている。作者は学内にも幾つかの肖像彫刻のある朝倉文夫(1883-1964)である。
この作品は錆の発生の様子が研究資料としても非常に興味深い作例であり、今回は洗浄保存処置に加えて、科学的分析も施した。
保存修復作業記録
2008年12月3日 ブロンズスタジオ・黒川弘毅/作業者:黒川弘毅、江見高志、伊藤一洋
作品
- 作者:朝倉文夫
- 作品名:藤山雷太胸像
- 材質・技法:ブロンズ
- 記名:モノグラム 背面に刻字
【作業前の状態】
・作品表面には、黒い塗膜の残留が顕著に見られるが、塗料は経年での喪失が進行している。
・黒色塗膜の下層にある茶色味を帯びた着色層が優勢に見られるが、スポット状に喪失が進行して、淡青色をした錆のエリアが拡大しつつある。額には、着色層の損傷が見られる。
・側頭部、胴体側面等の垂直面は、流水路に生じた塗膜喪失部と黒色塗料残留部がコントラストの強い条痕を形成している。
・右頬にある条痕の一部、右鼻へり、右口ひげへりには、浸食(腐食による減衰)が認められる。
・銘板は黒い塗料の残留が優勢に見られるが、喪失が進行しており、錆の淡青色が顕著になってきている。
◦表面腐食生成物のX線解析測定の結果について
(依頼資料測定報告書参照[*年報では省略])
腐食生成物調査は、表面に優勢に観察される茶色味を帯びた着色が、自然に形成された錆であるのか、または人為的な着色であるのかを知るために実施された。試料は、着色が顕著な左肩上面の着色層(試料①)と日照と水の影響を受け難く着色層が良好に保たれていると考えられる右胴側面の凹み(試料②)から採取された。
*検出物質
・いずれの試料からも、鉄の酸化物である赤鉄鉱Fe2O3、磁鉄鉱Fe3O4、針鉄鉱α-FeO(OH)が検出された。
・銅の化合物は、試料①からは検出されなかった。すなわち採取した試料はブロンズの錆層ではない。
*評価
茶色味を帯びた着色の演色物質は鉄の化合物であった。これらの由来は、鉄工所等からの発生源から飛来した沈着物と、ブロンズ像の着色に用いられるオハグロ等の鉄系着色材料の二通りが考えられる。外来の飛来物の場合は側面の窪みには沈着しづらいため、後者を検出物質の由来と考えざるを得ない。
当初、黒色塗膜の下には、大気汚染が進行する以前に形成された自然の錆が存在すると予想していたが、分析結果はこれとは異なっていた。
◦作業の基本方針
・ワックスの加熱塗布により像の色調を補整する。
・作品の経年を感じさせる古び感をできるだけ損なわずに色調を調整する。
・表面に保護剤を塗布して保存処置を施す。保護剤には蜜蝋を用いる。
【作業内容】
1.洗浄作業
非イオン系洗剤を用いて洗浄した(使用材料=非イオン系洗剤溶液)。
2.着色補整作業・保護剤塗布作業
ブロンズを加熱してワックスを塗布し、色調を調整した(使用材料=蜜蝋、リグロイン)。
3.光沢調整作業
作品の輪郭にメリハリをつけるため、部分的にワックス表面を研磨して光沢を調整した。
【作業結果】
・発錆個所が補整されて条痕は目立たなくなり、色調が改善された。
・保護材の塗布により、作品には潤いと艶が生じた。
・ワックスの塗布により、表面は良好な撥水性を得た。
写真は左から
写真1:額の着色層損傷箇所
写真2:修復前
写真3:修復後
Date
2008年10月29日
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