吉田三郎《平沼亮三胸像》の洗浄保存処置・移設
本作品は福澤諭吉の門下生であり、貴族院議員をへて横浜市長を務めた平沼亮三(1879-1959)を顕彰する胸像である。平沼は在学中から野球で活躍したが、スポーツの振興で名高く「市民スポーツの父」と呼ばれ、ロサンゼルス(1932年)、ベルリン(1936年)両オリンピックの選手団長も務めた。作者は金沢出身で東京美術学校に学んだ後、朝倉文夫の下、朝倉塾の中心として活躍した吉田三郎(1889-1962)である。この胸像は、平沼喜寿の祝いに全国競技団体から贈られたものを慶應義塾体育会に寄贈、日吉陸上競技場に設置された。
今回、日吉陸上競技場の全面改修に伴い、作品移動の必要が生じたため、一旦撤去し、新たな競技場の建設においてふさわしい場所を認定して再設置することとなった。作品は長年風雨にさらされ、これまで修復保存処置がなされていなかったため、適切な処置が必要であり、撤去の機会に処置を施した。新競技場のスタンド工事の際に、従来の設置場所の対岸となる慶應義塾高等学校側に設置された。
[文献]『慶應義塾史事典』、慶應義塾、2008年、561, 731-732頁/『彫刻家吉田三郎』、石川県立美術館 2001年。
保存修復作業記録
2008年8月 ブロンズスタジオ・黒川弘毅/作業者:黒川弘毅、伊藤一洋、坂津綾二(ブロンズスタジオ)大野春男、吉村栄夫(石歩)
作品
- 作者:吉田三郎
- 作品名:平沼亮三胸像
- 制作年:1955年
- 設置年:1955年3月29日
- 材質・技法:ブロンズ(鋳造方法:真土型鋳造法)
- 記名:台座背面の彫り込み銘文中、慶應義塾体育会寄贈(全国競技団体の平沼亮三への贈与を受けて)
【作業事前前調査】(2006年2月28日)
*固定状態
台石上面に凸加工を施し、像の内側にセメントを充填してこれに接合していると推定される。
ブロンズ胸像と台座の接合は堅牢である。本体の取り外しを台石を壊さないで行う場合、作品にダメージが起きるリスクが高いと判断される。
*表面の状態(目視観察)
・自然に形成された淡青色の錆が優勢になっている。当初に施された黒色着色(漆付けと推定される)は、劣化して喪失が進み、わずかな残留がみられる。
・降水を直接に被る暴露エリア(上側水平面・上向き斜面)は、着色が完全に喪失され、腐食が認められる。黒い縞状の部分を残して錆の部分が金属の溶出により凹み、平滑さが失われている箇所が多く見られる。
・上部の暴露エリアに降下した水の流路を形成する半暴露エリア(垂直面・下向き斜面は、降水の流路からはずれた個所には黒い着色の残留が見られるが、流水路には腐食による凹みが見られる。
*鳥の排泄物 付着が見られた。
*人為的キズ・落書き なし。
*ピンホール(鬆)・穴・亀裂 顕著なものは認められない。
*内部からの噴出・析出物 顕著なものは認められない。
*破損・欠失個所 なし。
*変形個所 なし。
*その他の異常 顕著なものは認められない。
*台座
材質=万成御影石(基台 白御影石)、制作法=むく石
台石底面にほぞ加工を施し、基台のほぞ穴に差し込んでモルタルで固定されている。
*その他
台座後面に慶應義塾体育会長 潮田江次による記銘がある。
【作業記録】
◦作業の基本方針
作品を撤去してブロンズスタジオに搬送し作業を行う。
台石は後面に貴重な記銘があり、これをブロンズと同様に貴重なものとして扱う。
ブロンズは台座から取り外さず、安定させる金具を台座に加工し、全体を立たせた状態で保管する。
ブロンズの表面に保存処置を施す。保護材にはワックスを使用する。
◦作業内容
1.撤去作業(作業日:2006年5月9日)
・基台を切断して台石を固定しているほぞ穴をゆるめ、クレーンで吊り上げて撤去した。基台切断の際、台石下部のコーナー一個所を破損した(台石底面加工時に修復)。
・ブロンズと台石を一体のまま横に寝かせて車両に積み込み、ブロンズスタジオに輸送した。
2.台石への金具加工(作業日:2006年5月)
・台石底面のほぞを切り落として水平の面出しを施し、アンカー穴を穿孔してナットアンカーを加工した(使用した材料=ステンレス製ナットアンカー、ボルトM20, L60mm, SUS304 2セット、エキポシ樹脂系充填剤)。
・下部コーナーの破損部を接着し、台石を基礎金具にボルト締結した(基礎金具は1000x1000x150mmH鋼溶接、防錆剤塗布)。
3.表面保存処置(作業日:2008年5月)
・ブラシを用いた手作業により表面の劣化物を除去して着色を調整しながら、非イオン系洗剤を用いて洗浄した(使用材料=リグロイン、水、非イオン系洗剤)。
・保護ワックスを塗布した。加熱してワックスを錆に含浸させながら、色調を調整した(使用材料=蜜蝋、リグロイン)。
4.再設置作業(作業日:2008年6月13日)
・貼り石製基台の仕上げしろを確保するために、ステンレス製のレベル調整金具を作成し、基礎金具にボルト締結した。
・コンクリート基礎にアンカー穴を穿孔し、基礎金具をアンカー固定した(使用材料=クロムメッキ鉄製アンカーボルト・ナット M15, L100mm, 6セット、無収縮モルタル)。
・クレーンで吊り込んだ基礎金具に台座を固定した。
【作業結果】
ブロンズ表面は、錆の色調が淡青色から濃緑色に転換され、潤いと艶が生じた。
台石はコンクリート基礎に堅牢に固定された。
写真は左から
写真1:修復前
写真2:修復後
写真3:台石への金具加工
Date
2006(平成18)年2月28日~2008(平成20)年6月13日
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